2023.05.18

「美しい佇まい」を全身でパフォーマンス。協力し合う筋肉を音とダンスと衣装で魅せる

「美しい佇まい」を全身でパフォーマンス。協力し合う筋肉を音とダンスと衣装で魅せる

「美しい佇まい」とは何か。どうしたら実践できるか。ワコールがさまざまな研究者・機関と共に進めてきたこのテーマ。その中から今回は、研究成果をダンスパフォーマンスとして発表した「sy+energy(シナジー)」というイベントをレポートします。

協力し合う筋肉をダンスで表現する

「sy+energy」と名付けられた身体表現パフォーマンスは、「からだ文化研究プロジェクト」の中で「動きのシナジー」の研究グループによる発表の場。このグループでは、以下の記事でご紹介したように、筋肉同士が協力し合ってからだを動かしている「筋シナジー」を導き出し、解析し、美しさの可能性を探る研究を続けてきました。

*「synergy」(シナジー)とは、共同作用、相乗作用という意味。

モデルKIKIさんが尋ねる研究の現場#03/筋肉は協力し合って動いている>
モデルKIKIさんが尋ねる研究の現場#04/脳・筋肉・美しさの複雑な関係>

今回の発表では、この筋シナジーの研究に芸術の要素を加え、ふだんは見えない・聞こえない「複数の筋肉が織りなすリズム」を表現するのが狙いです。それを実現するのが、音楽や映像、そして衣装。すべてを統合し、ダンスパフォーマンスとして披露します。振り付けとパフォーマンスをするのは、振り付け家・ダンサーの黒田なつ子さん。さて、黒田さんは筋肉が織りなすリズムをどう表現するのでしょうか。

黒田なつ子(振付家・ダンサー)/2009年 筑波大学卒業。卒業後、様々なコンペティションにて受賞。2012年ベラルーシで行われた「インターナショナル・フェスティバル・オブ・モダン・コレオグラフィ・イン・ヴィテブスク」(IFMC)国際振付コンペティションで優勝。その後、国内外にて様々なフェスで振付作品を発表。現在、帝京大学医療技術学部非常勤講師。アラベスクバレエスタジオ代表(東京都中央区日本橋)。 黒田なつ子(振付家・ダンサー)/2009年 筑波大学卒業。卒業後、様々なコンペティションにて受賞。2012年ベラルーシで行われた「インターナショナル・フェスティバル・オブ・モダン・コレオグラフィ・イン・ヴィテブスク」(IFMC)国際振付コンペティションで優勝。その後、国内外にて様々なフェスで振付作品を発表。現在、帝京大学医療技術学部非常勤講師。アラベスクバレエスタジオ代表(東京都中央区日本橋)。

10種類の筋シナジーに対して音をあてはめて創作

まずは、ダンスパフォーマンスが出来上がるまでのプロセスを、ざっと振り返ってみましょう。今回のパフォーマンスの元となるのが、ダンサー黒田さんのからだを使って計測された筋シナジーです。これは、京都大学・萩生翔大先生と寺田昌弘先生が中心になって行われ、黒田さんの全身16カ所の筋活動を測定・分析。そこから、複数の筋のまとまり=「筋シナジー」を算出。今回、黒田さんが全身で表現する「人の誕生から死」のパフォーマンスが、10の筋シナジーを組み合わせて作り出されることになりました。

10の筋シナジーに対してそれぞれ音を当てはめ、音楽を作り上げたのが、東 憲志さん(ネイチャーサウンドアーティスト)。東さんが使う音は、木の幹、貝殻、鳥の声、波や風の音など自然界にあるものに加えて、鉄やステンレスによるドラムなど。たとえば、肩や腕が動くときは貝殻の音、腹筋や体幹を使っているときは黒田さん自身の心臓音を使い、使う筋群が大きければ大きな音になる、というように、動く部位と筋シナジーに合わせて音をつくり、それをつなげてひとつの音楽にします。

東 憲志さん(ネイチャーサウンドアーティスト)/2017年よりアンビエントを中心とした音楽活動開始。Steel tongue drum を片手にオーストラリア原住民の村を巡り、自然界との調和の音を学ぶ。その後、海外各地での演奏、サウンドバスワークショップ等の活動を経て、現在はネイチャーサウンドアーティストとしてヨガイベント、カフェやホール等で演奏している。 東 憲志さん(ネイチャーサウンドアーティスト)/2017年よりアンビエントを中心とした音楽活動開始。Steel tongue drum を片手にオーストラリア原住民の村を巡り、自然界との調和の音を学ぶ。その後、海外各地での演奏、サウンドバスワークショップ等の活動を経て、現在はネイチャーサウンドアーティストとしてヨガイベント、カフェやホール等で演奏している。

そして、ダンスパフォーマンスに欠かせないのが、コンセプトを表現する衣装。衣装作家の岩戸洋一さん・本柳里美さん(giee)が、音楽や動きに合わせて製作したものを、黒田さんがまといます。

左が、今回のパフォーマンスに合わせて制作された衣装。「中心となるのは、ゴムのようにしなやかな特殊素材でつくられた“背骨”。同じ素材でつくられたフリンジ状のものは、“シナジー”という言葉から発想を広げたもの」と岩戸さん(右)。 左が、今回のパフォーマンスに合わせて制作された衣装。「中心となるのは、ゴムのようにしなやかな特殊素材でつくられた“背骨”。同じ素材でつくられたフリンジ状のものは、“シナジー”という言葉から発想を広げたもの」と岩戸さん(右)。

ヒトの誕生から死までをひとつの空間で表現

左が、今回のパフォーマンスに合わせて制作された衣装。「中心となるのは、ゴムのようにしなやかな特殊素材でつくられた“背骨”。同じ素材でつくられたフリンジ状のものは、“シナジー”という言葉から発想を広げたもの」と岩戸さん(右)。

約30人の観客を前にして、パフォーマンス本番がスタート。美しい佇まいを考える上で欠かすことのできない「立つ・歩くという動きを基盤に、演出と動きを構成しました」と黒田さん。四つん這いで地面を動くことから始まり、やがて二足歩行へ。からだの動きと共に、衣装につけられた背骨が、生き物のように躍動します。そして後半は早歩きから、やがて枯れ果てるまで、全身で表現。さまざまな音がひとつに連なって、誕生から死までの大きな時間の流れが、舞台上に繰り広げられました。

映像を担当したのは、村田洋敏さん(メディアアーティスト)。「美しい」「歩く」「佇まい」「呼吸」「時」…などたくさんのキーワードを元に画像生成AIに指示を出して映像を製作。 映像を担当したのは、村田洋敏さん(メディアアーティスト)。「美しい」「歩く」「佇まい」「呼吸」「時」…などたくさんのキーワードを元に画像生成AIに指示を出して映像を製作。

何回も同じ動きを繰り返して、普段と違う感覚になっていく(黒田さん)

パフォーマンス後のアフタートークで。左から、黒田なつ子さん、寺田昌弘先生、東 憲志さん、岩戸洋一さん。 パフォーマンス後のアフタートークで。左から、黒田なつ子さん、寺田昌弘先生、東 憲志さん、岩戸洋一さん。

パフォーマンス終了後は、関わったメンバーによるトークショー。京都大学の萩生先生(当日は欠席)・寺田先生の筋シナジーの研究内容もここで改めて紹介されました。

「かつては、ひとつずつの筋肉の波形は出ても、ほかの筋肉とのつながりまでは、わかりませんでした。シナジーをとらえることで、さまざまな角度から筋活動を強化できるようになりました」(寺田先生)。今後の医療やリハビリなどにも活用が期待される分野です。 「かつては、ひとつずつの筋肉の波形は出ても、ほかの筋肉とのつながりまでは、わかりませんでした。シナジーをとらえることで、さまざまな角度から筋活動を強化できるようになりました」(寺田先生)。今後の医療やリハビリなどにも活用が期待される分野です。 ダンサーの黒田さん。「からだを過去に戻していく感覚、ライブの自分の感覚の使い分けが、難しかったですね。何回も同じ動きを繰り返して、普段と違う感覚になっていくような、酔っていくような…。うまく表現できない新しい感覚を味わいました」 ダンサーの黒田さん。「からだを過去に戻していく感覚、ライブの自分の感覚の使い分けが、難しかったですね。何回も同じ動きを繰り返して、普段と違う感覚になっていくような、酔っていくような…。うまく表現できない新しい感覚を味わいました」

ふだん自然の中で演奏することが多いという東さんは、「黒田さんのからだから出るクリエイティブが、外の世界とどう共鳴するのかにも、関心があります」と付け加え、まだまだ広がる探究心をのぞかせていました。

今回、発表の場に来ることができなかったおふたりの先生も、製作過程を振り返りながら、コメントを寄せました。 今回、発表の場に来ることができなかったおふたりの先生も、製作過程を振り返りながら、コメントを寄せました。

田中ゆり先生(写真左/京都市立芸術大学 客員研究員)は、「まだ科学的な見解は十分見出せていませんが、人間が生み出す信号が、からだと音で表現されていく過程は、心身に語りかけうるものがあると思います」とコメント。萩生翔大先生(写真右/京都大学大学院 人間・環境学研究科 准教授)は、「脳が繊細に筋を制御することで運動がつくり出されていることを実感しました。衣装の動きや映像が加わることで、静止や震えの中にある動きさえも鮮明に感じられました」。それぞれの立場からの気づきは、今後の研究にも影響をもたらすことになりそうです。

−−「からだ文化研究プロジェクト」が目指す「美しい佇まい」の解釈は、ひとつではありません。このような最新科学に身体表現・音楽・映像・衣装が一体となったパフォーマンスも、その中のひとつの形。「美しさ」の研究には終わりがなく、今後もどのような形で見る人を楽しませてくれるのか、期待が高まります。

写真撮影/高木亜麗
動画撮影/三嶋義秀
デザイン/WATARIGRAPHIC

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