2022.02.16

舞踊家・梅川壱ノ介さん/正直に生きることが、美しい佇まいにつながる

舞踊家・梅川壱ノ介さん/自分に正直に生きることが、美しい佇まいにつながる

バレエや歌舞伎などさまざまな舞台で、美しさを追求してきた梅川壱ノ介さん。そんな彼が、美しい佇まいをもっと磨くため、理想に近づくために日々行っていることや気をつけていることは何か、教えていただきました。

美しさのハード面はからだ、ソフト面は心。両者は連動している

バレエダンサーとして、また歌舞伎俳優として舞台に立った経験をもち、現在は舞踊家として活躍する梅川さん。さまざまなからだの表現をとおして「美しい佇まい」と向き合い続けていますが、美しい佇まいと聞いて真っ先に思い浮かぶのは、御師匠である坂東玉三郎氏の佇まいだとのこと。

「玉三郎先生の美しい佇まいは、細かなことを言いますと語り尽くせないほどございますが、いちばんは心の落ち着きだと思っています。いつもずっしりと構えていらっしゃって、地に足がついた余裕があり、たとえるなら果てしなく大きな湖のような静けさと優しさ。その『揺るがない思考』が出発点になっているからこそ、すべての動きがあそこまで美しくなるのではないかと感じます」

梅川壱ノ介

梅川さんがそんなふうに考えるようになったのは、最近のことだと言います。

「これまでの経験を経て私もやっと美しい佇まいが決して外側だけから成り立つものではないとわかるようになってきました。もちろん、からだ自体や動作の美しさは重要です。それは美しさにとって形のあるハードな部分。私も日頃から有酸素運動を欠かさず、日本舞踊にとっても重要な脚と腰を鍛えています。

それに対して心や思考は、目には見えない無形のソフト面。ハードとソフトはいつも連動していますから、美しい佇まいを考えるときその両面からアプローチしていくことが大事だと思うのです」

最初の動きを変えるだけで、佇まいの美しさは倍増する

たとえば、焦っているときや緊張しているときは、動作もバタバタと慌ただしくなってしまうなど、心とからだが連動していることは誰もが経験したことがあります。

「そんなときに余裕を取り戻すコツはいくつかありますが、もっとも簡単にできるのは『ひと呼吸の間』をつくること。たとえば大勢の前で意見を言わなくてはならないときなど、呼ばれてすぐに返事をするのではなく、1秒間、間を置いて聞く人の顔を見渡してから話を始める。たった1秒の間をつくるだけで、だいぶ気持ちは落ち着くはずです。最初のアプローチを落ち着いて始めることで、その後の佇まい全体の美しさが底上げされます。このことは子どもたちに日本舞踊を教えていても実感しています」

全国のさまざまな場所で子どもたちに日舞の指導をする機会も多い梅川さん。

「日舞のお稽古は、まずは先生と生徒のご挨拶から始まります。正座をして、扇子を前に置いて、背筋を伸ばして、手をそろえてから『お願いいたします』と、私の目を見て挨拶をする。この一連の動作をいかに難しく考えずに『あ、できた』という感覚をもってもらうか。私が教える上で意識していることです。最初の所作が上手にできるとそのあとの動作がガラッと変わってくるんです。

梅川壱ノ介
梅川壱ノ介

これは大人も同じだと思います。お辞儀の仕方や歩き方など動きの起点になるような仕草が変わるだけで、全体の佇まいはぐんと美しくなります。それが自然にできるようになれば、まわりからの目線が変わるでしょうし、やさしくされる機会も増え、自分のモチベーションにもなりますよね。ひとつの美しい動作をマスターすることは、良い循環が生まれるきっかけになるのでははないでしょうか」

「我(が)」が美しい佇まいを損ねてしまうことも

「ひとつの動作を習得するのに、踊りの世界では何年もかかることもある」と梅川さん。そのなかで、自分の心と向き合うことがいかに大切かを知ったと言います。

「伝統的な形や踊りなどの教えをいただく場合、私たち弟子にとっては師匠から教わることがすべてなんです。そこに自分の意見ややり方を挟むことは決してありません。ですが、何度踊ってもどうしてもうまくできないこともあるんですよね。そういうとき、自分の心をとことんまで観察して向き合うと、必ずどこかに自分の経験や意見、つまり『我』が入っているんです。

梅川壱ノ介

それに気づいて自分の考えを捨てられたときに、何年もできなかったことがスッと形になることがあります。不思議ですよね。新しいものをつくることや自分らしさを出すことは素晴らしいことですが、それらはすべて基本となる形ができてこそ。土台がないのに自分らしさばかりが前面に出てくるのは、伝統の世界では美しい佇まいとは言えないと思います」

美しい佇まいの大敵は、ストレス?!

踊りをより研ぎ澄まし、理想の美しい佇まいに近づくためにも日頃から梅川さんは「自分に正直でいること」を心がけているそう。

「イライラしたときや人に嫌な態度で接してしまったとき、冷静に自分の心を見るようにしています。なぜそんなことを言ってしまったのか、やってしまったのか。本当の問題は相手ではなく自分の心の中にあるはずですから、そこに注目していきます。気持ちが尖っているときは最初は自分ですら本当の感情が見えないんですよ。それでも自分に問い続けていると、しばらくして隠していた本音をキャッチできるようになります。自分に正直でいるとストレスも減りますよね。私は思うのですが、美しい佇まいの対極にあるのが、『ストレスフルな佇まい』ではないでしょうか

梅川壱ノ介

自分の気持ちを冷静に見つめる時間が欲しい。そう思っても、いざ日常生活では仕事や子育て、家事などに追われてバタバタしてしまいます。

「どんな場所でもよいのですが、ひとりになれる『心が落ち着く空間』をもっておくことが大事だと思っています。それが寝室でも近所の公園やカフェでもいいんです。私の場合は、仕事をする部屋がそういう場所ですね。自分だけの場所をもつことは、日々の佇まいに少なからず影響を与えていると思います」

また、坂東玉三郎先生の動画を定期的に見たり、インタビュー記事に何度も目を通したりするという梅川さん。

「私にとって、その美しさは果てしなく上にあり遠いもの。ですが、動いているお姿、お考えや思考などをたくさんインプットすることで、次にお会いしているときに何かの拍子にリマインドされたりと、私のアウトプットに影響があることを実感しています。このことは続けるというよりは、好きなので自発的にそうなっていると言ったほうがいいのかもしれません」

美しい佇まいとは、心の落ち着き。
心が穏やかになっていく自分だけの場所をもちましょう。

  • 梅川壱ノ介(うめかわ・いちのすけ) 舞踊家 舞踊家。大分県日田市生まれ。東京バレエ団でバレエダンサーとしてキャリアをスタート。2007年に国立劇場歌舞伎俳優養成課の研修生に。人間国宝・坂東玉三郎氏との出会いで大きな影響を受け、2010年に中村獅童一門に入る。2016年に舞踊家へ転身、「梅川壱ノ介」へ改名。日本舞踊を基軸とし、国内外での日本舞踊の公演、また古典や現代アート、絵本の世界などとのコラボレーション舞台を手掛ける他、司会やモデルなども務めている。新進気鋭の存在として注目を集めている。
取材・文/大庭典子
写真提供/梅川壱ノ介
デザイン/WATARIGRAPHIC

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