2022.05.18

コンテンポラリーダンサー安藤洋子さん/脳が休まり感覚がフルで開くとき、佇まいが変わる

脳が休まり感覚がフルで開くとき、佇まいが変わる

アジア人で初めてドイツのフランクフルトバレエ団に入団した、コンテンポラリーダンサーの安藤洋子さん。舞台上で多くの人を魅了するその佇まいの裏には、安藤さんが長年研究してきた意識や感覚に対するさまざまな考えが詰まっていました。

「佇まい」とはなんと美しい言葉だろう

世界の舞台でダンサーとして活躍し続けてきた安藤洋子さん。「美しい佇まい」を目指す「からだ文化研究プロジェクト」が始動したとき、改めて「佇まい」という言葉について考えさせられ、日本語のもつ奥深さを感じたのだと言います。

「佇まいという言葉それ自体がとても美しいですよね。からだのことだけではなく、湿度や温度、空間にある景色まで含まれているという感じがします。この言葉について改めて考えている最近、特にシニアのクラスやワークショップでも、『佇まい』という言葉をよく使っているんですよ。『からだが動く動かないは気にせず、どうぞみなさんの人生がにじみ出る佇まいをお見せください』って」。

安藤洋子さん

脳の活動を休めて、感覚にフォーカスする

「佇まい」という言葉には、日本人の感覚の豊かさも感じると言います。

「踊りの世界でも、年齢を重ねて身体能力が落ちてできないことが増えたとき、西洋的な考えでは『衰えた』との評価になりがちですが、日本の舞踊は違います。逆に、そうなってから見える世界、精神と踊りが一体になったような動きがあるという暗黙の認識がありますよね。それがまさに佇まいだと思うんです。踊りの先にある表現を探求すること、それが佇まいとなって現れるのだと思います」

では、安藤さんが思う美しい佇まいとは、どのような状態なのでしょうか。

「感覚が開いている状態でしょうか。目線の先、聞こえてくる音、触っている感触など、五感が開いて、今ある状態をフルで感じられていること。そのリラックスした状態の佇まいには美しさがあります。とは言っても現代は、スマホやPCなど情報が大量にあり、感覚が閉じている状態が常だという人が多いのではないでしょうか。スマホを見ながら脳ばかりが働き常に何かをジャッジしている状態では、風を皮膚で感じることもなければ、飲み物の味や冷たさを感じられませんよね。脳の活動を少し休めて、感覚にフォーカスするのは難しいですが、意識的にでもそういう時間をもつことは大事だろうと思います」

安藤洋子さん

安藤さん自身も多くの時間をかけてその訓練をしてきたのだそうです。

「感覚を開こうと意識したときにはもう遅いんですよね。本当に美しい佇まいとは、ああしようこうしようという意識が全部なくなった、無作為の状態。これはね、本当に難しいんです。私も踊っていて、次はああしようこうしようという意識はほぼなくなりません。ダンサーとしても一生の課題だと思っています」

舞台上での感覚は、前よりも後ろに向かいます

美しい佇まいとは、一方向にだけでなく、全方位に向けて発しているものだと言います。現代バレエ界を代表する振付師であるウィリアム・フォーサイス率いるバレエ団にアジア人で初めて入団した安藤さんは、舞台上でも意識や感覚は、前よりもむしろ後ろに向いているのだそう。

「ウィリアムからも、『もっと後ろを意識して』と常に言われていました。意識が全方向にゆき届いていると、ステージ上での存在感が際立つんですね。手足が長い、足が上がってる、といった見た目の目立ち方ではなく、出てきただけで目で追いたくなるような雰囲気、つまり佇まいが変わるんです。

私はダンサーとして、『複数の人が踊るシーンで、場面がもっとも美しく、なおかつ、私をよく見せるためにはどう動くべきか』を常に考え、長年研究してきました。そしてわかったことがあります。それは「自分の佇まいをよく見せるいちばんいい方法は、相手をよく見せるように動くこと」。相手の動きがいちばんきれいに見える位置にいる、ときにはその動きに寄り添ったり、あえて反発したりしながら、その人のダンスがよく見えるように動くことで、なぜか自分の踊りや佇まいも際立つのです。人がいないソロのときもそう。その空間、音楽を感じてもらうために動き、自分もそこに調和することで、まわりからは佇まいが美しく見えるのです。

安藤洋子さん 写真提供/ Dance Base Yokohama ©Naoshi HATORI

何ごとも腹八分目がいい

ダンスだけでなく、日常生活でも「自分が、自分が」と自我が出すぎてまわりが見えていない人は、見ているほうも、もうわかったからと、おなかいっぱいになりますよね。まわりの人の動きや声が見えたり聞こえたりしているのは、その人にゆとりや余裕があって全体が把握できているからこそ。そこから佇まいの美しさが生まれるのだと思います。日本語に「佇まい」なんてきれいな言葉があるのは、日本人に備わった「何ごとも腹八分目がいい」といった感覚があるのかもしれません。

安藤洋子さん 写真提供/ Dance Base Yokohama ©Naoshi HATORI

美しい佇まいに向かう、最初の一歩とは

からだの感覚を開き、美しく佇まうために、日頃どんなことをしているのでしょうか。

「自分のコンディションを確認する意味でも、定期的に階段を2段飛ばしで登ります(笑)。軽快に登れる日もあれば、そうではない日もあって、その日の自分の状態を知るためにも効果的。登るときはおなかに自然に力が入って姿勢が伸びるので、駅や街なかでできる手軽なストレッチとして行っています。

あとは、どんな動作でもいいのですが、『ゆっくり』行うことを意識するだけでからだの感覚は鋭くなると思います。たとえば呼吸や歩くこと。ふだん何も考えずにやっていることほど、ゆっくりやってみてほしいですね。ウォーキングなら、右足をゆっくり上げて→かかとから着地する→同時に左足をゆっくり蹴り上げて地面から離す、とゆっくりやってみると、片足を上げるだけでバランスをくずしたり、一連の動作がスムーズにできないのですが、それがいいんです。足が地面につく感触を感じたり、地面から離すときに指だけ最後まで残る感覚を味わったり、毎日何千歩と同じことをしているのにそんなこと感じている人はいませんよね。ふだんの自分のペースを壊すことで、感覚が開いていきます。

また、私は寺で育ったこともあり、正座をすると、骨盤が定まって、背筋がまっすぐに伸びて、自分の真ん中に落ち着く感覚があります。普段から短い時間でさっと正座して整えています」

美しく佇まうにはいくつもの段階があるのだと安藤さん。

「ゆっくり歩くことでも、好きな香りを楽しむことでも、なんでもいいんです。ふだんから感覚を開く時間をほんの少しでももつことで、からだも佇まいも必ず変わると思います。力を抜いて、こうしなきゃああしなきゃから離れて本当の美しい佇まいに近づけるのは、そのあとですね。今回、佇まいという言葉からたくさんのインスピレーションをいただいているので、今後もその言葉のもつ意味や背景、そして自分の佇まいを探究していきます」

格言
美しい佇まいとは、無作為であること。

  • 安藤洋子(あんどう・ようこ) 横浜生まれ。1997年より本格的に自作自演のソロダンス公演を開始。2001年にフランクフルトバレエ団に入団。2004年のバレエ団解散後もザ・フォーサイス・カンパニーに在籍し、2015年にカンパニーが解散するまでフォーサイスと共に新作クリエーションを行う。後進の指導にも積極的に取り組み、大学や大学院で講義をもつほか、フォーサイス・メソッドに基づくバレエ・ワークショップなどを定期的に行なっている。
取材・文/大庭典子
撮影/望月みちか
デザイン/WATARIGRAPHIC

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