美の多様性を体現できる存在でありたい
栗栖さんが手がけるアートは、人が集まってつくるパフォーマンス。代表作のひとつ、東京パラリンピック開会式では、障害のある人160人が、健常者と一緒になって「翼」をテーマにしたパフォーマンスを披露。ここでステージアドバイザーとして、演出家と演者をつなぐ役割を果たした。
栗栖さん自身も、障害者のひとり。2010年32歳のとき、骨肉腫によって右下肢機能全廃となった。
「病気になる前と後とで、私自身の美の尺度が変わりました。以前は、アートの表現でも人でも、ひとつの尺度で見て、そこで美しさの優劣をつけていたような気がします。ところが自分が障害者になってからは、その尺度にはまらないものが多いことに気づいて。いろいろなからだの形や佇まい、考え方…。その多様性に美しさを感じるようになったのです。
私自身、猫背でガサツだし(笑)、障がいをもっているし。でも美の尺度は人によっていろいろあっていい。それを体現できる存在でありたいと思います」
「一緒に作品をつくっている仲間も、さまざまなからだの形、個性をもった人たちです。たとえば、ダンサーの森田かずよさんは、脊椎の湾曲がありからだの形は個性的。それを生かし、義足で踊る彼女の動きは、彼女にしか出せないもの。彼女だけの佇まい。見ていて、本当に美しいなと感じます」
心を動かす「美しい佇まい」には、「人のエネルギー」があると栗栖さんは言います。
「ダンサーの多くは、病気をかかえていたり、乗り越えたり、生きるか死ぬかギリギリのところを経験しています。それでもなお表現したい、生きたいと強い思いをもって舞台に立ってる人たち。そこからは、ものすごく大きなエネルギーを感じます。
今年6月に行われた『2022カンヌライオンズ国際クリエイティビティ・フェスティバル』では、難病ALS(筋萎縮性側索硬化症)を抱えながらアーティストして活動する武藤将胤さんが、同じくALSでコンポーザーのPONE(Guilhem Gallart)さんとともに、目の動きだけで音楽のセッションをしました。視線だけの演奏でありながらも、演奏者とその場に集まった人のエネルギーが波動となって、ひとつの方向に向かう、ものすごい力がありました。そんなエネルギーを肌で感じられる、ライブの場が私は大好きです」
思いもよらない新しい美の形が生まれる
栗栖さんがさまざまな場面で感じたエネルギーを、多くの人にも感じてほしいと、新しい試みが始まっています。
「『みんなで絵本プロジェクト』といって、障がい者を含めた新たなパフォーマーを発掘し、おとぎ話を題材にしたパフォーマンス作品を生み出すというものです。これを日本各地・海外を巡回できる形につくりあげるのが目標です。さらに、パフォーマーを「仕事」として成立させる社会実験でもあります。さまざまな兼業・副業としてパフォーマーが活躍する場が広がれば、障がい者の社会的自立にもつながります。
(*みんなで絵本プロジェクトについて
現在オーディションは終了。最新情報はホームページで)
多様なからだや視点をもった人が集まって、それぞれの強みを出してつくるパフォーマンスは、思いもよらなかった新しい形、誰にも生み出せなかった美しさをつくり出します。たとえば、サーカスでやるピラミッド。正しい姿勢で揃えられたものはこれまでにもありましたが、私たちがやるなら、車椅子の人や目の見えない人、アクロバットが得意な人など、いろんな人が集まって、ユニークなピラミッドが出来上がります。それは唯一無二の美しい佇まい。ひとりひとりの個性に価値があって、決して代わりがきくものではありません。ほかのアーティスも刺激を受けるし、個性が肯定されるとても健全な世界。だから、発するエネルギーがポジティブで、見る人に感動を与えるのだと思います」
障害のある人とない人が共創し、その先に目指すのは、「エンターテイメントの景色を変えること」。そのためにプレイヤーを発掘・育成し続け、表現できることを広げていく栗栖さん。それは、多くの人の心を動かしながら、美しい佇まいの概念を広げることといえそうです。
美しい佇まいには、「人のエネルギー」がある。
エネルギーがポジティブなら、見る人に感動をもたらす。
- 栗栖良依(くりす・よしえ) 1977年東京生まれ。認定NPO法人「スローレーベル」代表。東京造形大学卒業後、イタリアのドムスアカデミーにてビジネスデザイン修士号取得。2010年に骨肉腫を発症、右下肢機能全廃に。翌年社会復帰を果たし、国内外で活躍するアーティストと障害者をつなぐ市民参加型ものづくり「スローレーベル」を設立。2014年と2017年には「ヨコハマ・パラトリエンナーレ」総合ディレクター、2016年にはリオ・パラリンピックのステージアドバイザーを務める。東京2020パラリンピック競技大会 開閉会式ステージアドバイザー。
撮影/望月みちか
撮影協力/象の鼻テラス
デザイン/WATARIGRAPHIC