2023.03.30

SF小説完成記念インタビュー/作家・小野美由紀さん×ワコールで描く未来のからだ

作家・小野美由紀さん×ワコールで描く未来のからだ

従来のSF小説とは一線を画す、独特の妄想ワールドが人気を集めている作家・小野美由紀さん。noteで発表した短編小説『ピュア』が20万PVを記録したことでも話題になりました。最近は、企業との共同プロジェクトによってSF小説を生み出す「SFプロトタイピング」でも活躍。2022年から始まったワコールとの「SFプロトタイピング」では、2回のワークショップを経て、いよいよ小野さんによる小説が完成! 今週から3回にわたって公開します。小説の公開にあわせ、小野さんにプロジェクトを振り返っていただきつつ、小説完成までの頭の中を見せていただきました。

小説『私の、美しい皮膚』はこちら>

リアルな皮膚感覚をアウトプットする

「ワークショップの大きなテーマは、2050年の『からだ』と『生きやすさ』。それを元に参加者ひとりひとりが未来を描くのですが、個人のリアルな肌感覚、欲望みたいなものをアウトプットしてほしいとお話ししました。そうでないと、どうしても“聞いたこと・見たことのある”“耳触りのいい”未来像になってしまいやすい。技術を進歩させるのは、リアルな人の欲望や不満で、それが集合体になって社会を動かす、と私は思っているんです。

ワコールのみなさんとディスカッションしていくなかで、ハッとさせられたのが、『老いがなくなる世界』という視点でした。からだやエイジングと向き合っているワコールの人たちならではで、個人のテーマともいえます。それをさらに突き詰めていくと、『老いがない世界は幸せだろうか』『そうでないとしたら、どんな形が幸せなのか』『未来の健康や老いとどう向き合っていくのか』…疑問やアイデアがたくさん出てきました。

寿命が伸びるのはいいことだとされているけれど、確かにそれだけが幸せとはかぎらない。予想もしなかったこんな疑問がわき出てくるのが、ワークショップの面白いところ。私にとっても大きな気づきでした」

作家・小野美由紀さん

ディスカッションの後、ひとりずつ短編小説を書くという宿題が出され、全員の作品がそろったところで、それをもとに小野さんがひとつの小説として完成。ここまでが、一連のプロジェクトです。

「参加者のどの作品も面白くて、中にはとんがった発想も多くありました。それらを少しずつ取り込んで小説を完成させますが、特に『皮膚を脱ぐ(脱皮する)』という表現に引き込まれて、採用させていただきました。

さらに、下着を扱ってきたワコールにとって、下着は第二の『皮膚』ともいえるし、プライベートなものでありながらも外界との接点でもあると気づいて。そこから、今回の小説の重要なモチーフとなる『センサリースーツ(※)』を考えつきました。その上に、舞台となる場所を設定し、物語細部の肉付けをしていきます」

※センサリースーツ:皮膚の感覚・刺激をデジタル信号に変えて遠隔地に届ける未来のツールとして小説に登場する。皮膚のように薄く、空中の有害物質から人体を保護する役目ももつ。

女性が自由になれる物語を

小野さんが設定した場所は、自然が多くて色濃い奄美大島。登場人物の核となるのは母娘や家族。小野さんがそれらを言葉に落とし込むことで、風景が浮かび上がり、読む人の五感が刺激され…。こんなふうに空想の世界を一緒に旅することができるのは、小野さんの作品の特徴です。

プロットや原稿はノートに手書きをしてから、パソコンで清書をする。空想しながらイラストを描くことも。 プロットや原稿はノートに手書きをしてから、パソコンで清書をする。空想しながらイラストを描くことも。

「ビジュアルをそのまま伝えるより、読者に想像してもらえたらと思って、あえて詳しく描写しすぎないようにしています。その代わり、皮膚感覚みたいなものは注意をして書いているつもりです。母娘関係については、実際悩む女性は多いし、私も娘をもってから考えることが増えたことも関係しています。女性が自由になれる物語にしたいなと考えました。

そして、企業とのプロジェクトなので、文芸作品とは違ってわかりやすさも必要。同時に、この小説をとおしてワコールが未来への洞察をさらに深めるいい機会になったらと思います」

完成したSF小説のタイトルは『私の、美しい皮膚』。舞台となる2050年は、どんな世界になっていて、どう幸せを実現しているのか…。想像力をフル稼働させながら読むことは、自分自身の未来を想像することにも役立ちます。

そして小野さん自身の未来はというとーー。

「ジェンダーギャップの大きい日本の未来がどうなっていくのか。少子化はどうなっていくのか。考えると怖い気もするけれど、見た目や立場、性別に過剰に縛られない社会になって欲しいと願います。そのテーマは、今回の小説にも色濃く反映されています。そして、その時代を担う娘には、人間らしさを活かした仕事でやりたいことを貫いてほしい。どんなにヒューマノイド(※)化された世界であったとしても」

※ヒューマノイド:人間そっくりの生物や人型ロボット。

  • 小野美由紀(おの・みゆき)
  • 小野美由紀(おの・みゆき) 1985年生まれ。2015年にデビューエッセイ集『傷口から人生。メンヘラが就活して失敗したら生きるのが面白くなった』(幻冬舎)を刊行。ほかに、絵本『ひかりのりゅう』(絵本塾出版)、旅行エッセイ『人生に疲れたらスペイン巡礼〜飲み、食べ、歩く800キロの旅』(光文社新書)、小説『メゾン刻の湯』(ポプラ社)、『ピュア』(早川書房)がある。企業と協業してSF小説を執筆するSFプロトタイピングでも幅広く活動中。
撮影/望月みちか
デザイン/WATARIGRAPHIC

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