2022.08.17

俳人・黛 まどかさん/言葉を知り、日常の風景に目を止めれば、心のヒダが増えていく

俳人・黛 まどかさん/言葉を知り、日常の風景に目を止めれば、心のヒダが増えていく

オーラは発するもの、佇まいはにじみ出るもの

これまでに二度、「美しい佇まい」に感動した経験があります。一度目は、京都・祇園でスナックを営んでいた米(よね)さんの姿に。90歳をすぎても接客に立ち、あるときは踊りを見せてくれ、客が帰るときには見えなくなるまで手を振ってくれました。月下に佇む姿は、なんともいえない風情を醸していました。

そして二度目は、宗教学者・山折哲雄先生とお会いしたとき。京都の白川のほとりのお店の2階に、座っていらっしゃった先生。窓枠いっぱいに広がる夏柳と、それを見ながら佇む先生の姿はあまりにも美しく、声をかけるのももったいなくて。しばらく見惚れてしまったほどです。

そのわけを考えてみると、どちらも「周囲と溶け合っている」ということだと思い至りました。月下で佇む米さん、夏柳に囲まれていた山折先生、周囲と人との境界線がなく溶け合っていました。その姿は、米さんであれば舞妓として始まった13歳からの祇園での人生を、山折先生は宗教学ひとすじの人生を、それぞれ語っている。そして一本筋が通っているけれど力んでいなくて、ゆとりがある。一朝一夕には得られないものだからこそ、尊く、そして涙を誘うほど美しいのです。

こうして考えると、「佇まい」は沈黙のコミュニケーションなのだと感じます。オーラは獲得していくものですが、佇まいは上に積み重ねていくもので、それがやがて生き方を語り、外ににじみ出るのだと思います。

俳人・黛 まどかさん

雨の名前は440種類にも

なかなか得難いものではあるけれど、それでも、少しずつ「美しい佇まい」に近づくためには――。五感のアンテナを立てて、周囲を観察・凝視することから始まると思います。四季のうつろい、月の満ち欠けなど、都会にいると忘れがちですが、私たちは切り離して生活することはできません。観察・凝視すれば、通勤の途上で見かけた花、蝶、すべてが一期一会で愛おしいと思えてきます。私の場合はそれを俳句で読むわけですが、愛おしいと思うほど、対象への感受性が強くなって、表現しようという思いが湧き起こってくるものです。

花の名前、雨の名前などを知ることも、役に立ちます。たとえば、雨の名前。わたくし雨、白雨(はくう)、花の雨…、季節や時間・降り方の違いで440種もあると言われています。ちなみにヨーロッパでは10種前後ですから、どれほど日本では微細な違いを感じ取っているか、わかりますよね。言葉を知れば見過ごしていた風景にも目が止まり、心のヒダが増える。それがやがて、美しい佇まいにもつながるのではないでしょうか。

表現する目をもつ。ものごとの奥を見る

そしてもうひとつ、「表現する目をもつ」ことをおすすめします。日常でなんとなく見ているものも、日記やSNS、絵や写真などで表現しようと思うと、見逃さないようになるし、ものごとの奥を見ようとするものです。

私が受けもっている大学の授業で、こんなふうに問いかけることがあります。

「今日ここに来るまでに、咲いていた花を言ってみてください」。多くの人がまったく覚えていないし、漫然と歩いていることに気づくでしょう。もし、夏の道端に咲く「カタバミ」の名前を知っていたら、歩きながら目が止まりますし、「表現する目」を意識すれば10秒でも屈んで愛でます。この、たった10秒の積み重ねが、私たちの生活に豊かさをもたらすのです。

感じたことを書き留めておくのも、いいと思います。私の場合、歩きながら目に止まったもの、ひらめいたことをメモしておき、家に帰ってから俳句として推敲をします。

俳人・黛 まどかさん

言い換えれば、ふだんクロノス(時計で計ることのできる機械的な時間)だけで生きている人も、カイロス(人間の内的な時間)をいかにつくるか。ただ漠然と時間を過ごさずに、表現する目をもちながら、内的な時間を充実させていきたいものです。

それは「いま、ここを生きる」ということでもあります。現代人は1日に約7万回もの想念を思い浮かべるそうですが、頭の中で忙しなく生きていて、からだとバラバラの状態で、「いま、ここ」を生きていないということでもあります。想念を取り払い、「いま、ここ」を生きるために、坐禅やマインドフルネスを活用する人もいます。坐禅で肩を叩かれるのは、そうした想念を取り払い、心をからだに戻すためなのだそうです。

さて、今この時期、暑さは厳しくても暦の上では秋。夏の終わりの季語「夜の秋」は、私が好きな言葉のひとつです。昼間は暑いけれど、夜になると涼風が吹いたり、虫の声がかすかに聞こえたり、秋の兆しが漂う…。こんな言葉をひとつ知っておくだけで、暑い夜にも情趣が生まれるものですよ。

佇まいは沈黙のコミュニケーション。
積み重ね続けた先ににじみ出るもの

  • 黛 まどか(まゆずみ・まどか) 俳人。神奈川県生まれ。2002年、句集『京都の恋』で第2回山本健吉文学賞受賞。2010年4月より1年間「文化交流使」として欧州で活動。スペインサンティアゴ巡礼道、韓国プサン-ソウル、四国遍路など踏破。「歩いて詠む・歩いて書く」ことをライフワークとしている。オペラの台本執筆、校歌の作詞、世界オンライン句会など多方面で活躍。北里大学・京都橘大学・昭和女子大学客員教授。近著に『奇跡の四国遍路』(中公新書ラクレ)、『暮らしの中の二十四節気 丁寧に生きてみる』(春陽堂書店)、『北落師門』(文學の森)がある。
    公式ウェブサイト https://madoka575.co.jp/
取材・文/南 ゆかり
撮影/望月みちか
デザイン/WATARIGRAPHIC

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