
KIKI(モデル)
阪田真己子(同志社大学 文化情報学部 教授)
正田 悠(立命館大学 スポーツ健康科学部 助教)
坂本晶子(ワコール人間科学研究開発センター 主席研究員)
撮影協力/同志社大学
ワコールがさまざまな大学や研究機関、企業と共同で進める「からだ文化研究プロジェクト」。モデルのKIKIさんがナビゲーターとなって、体験&レポートをするシリーズの今回は、プロジェクトメンバーの同志社大学・阪田真己子先生と立命館大学・正田 悠先生の元へ。可視化しにくい「なりたい自分」「美しい佇まい」を探る研究は、どこまで進んでいるのでしょうか。
観衆を引きつける身体の使い方
KIKI まず、先生方の研究内容を教えてください。

阪田 私の専門は、認知科学、身体メディア論です。私の好きなフランスの哲学者モーリス・メルロ=ポンティの言葉に、「私にとって身体とは、単なる持ち物という意味を超えて、世界と私を繋ぐ媒介物」というのがあります。身体が、世界と繋がるためにどんな機能を果たしているのかを探求することは、私のライフワークです。

現在は、「芸能・無形文化財のビッグデータシステムの構築」にまつわるいくつかのプロジェクトを行っています。芸能における「わざ」の継承や、「わざ」に内在する「型(かた)」や「間」とは何か。具体的には、日本舞踊家の動きをデータにして、熟練の人とそうでない人の違いを調べたり、日本舞踊において大切にされてきた「形(かた)」と、個人の表現はどう融合しているのか、などを分析しています。
また、芸能全般が研究対象ですので芸人さんなどお笑いのプロの方たちのからだの使い方もデータ化しています。お客さんを巻き込んだ場をつくり込むプロである彼らが、どうやって人の気持ちを引き込むのか、科学的に解明しています。

正田 私は、演奏科学という分野の研究をしています。演奏者の身体の動きをモーションキャプチャによって測定していますが(下の写真)、このように可視化すると、演奏者が楽器を自分の身体として操っているということがよくわかります。KIKIさんの動きも、モーションキャプチャで測定できますよ。


KIKI 画面で見ると、アートのようですね(笑)。
阪田 今後、動作情報を計測する精度がさらに上がれば、多くの場面で活用できます。画像処理とAI技術を組み合わせることで、たとえば、亡くなった歌舞伎役者とその名を継いだ役者が同じ演目をどう継承し、それぞれの個性はどこに生かされているのか。時間軸を超えた比較もできるようになります。
このように、時間や空間を超えて、舞踊や芸能、漫才や演奏など、観客の前でパフォーマンスをする人たちの身体の使い方をビッグデータにし、オープン化する。そして、芸能におけるプロの「わざ」とは何か、どのようにして「わざ」が継承されてきたのかを、解明するシステムを構築したいと考えています。
誰もが無意識に「なりたい自分」を意識している
KIKI すごく面白いですね。

阪田 特に注目したいのが、「振る舞い」に焦点を当てて、その人が「どんな自分になりたいのか」を可視化する研究です。私たちは日頃から、「こう見られたい」「こうは見られたくない」という思いを抱えています。ということは、誰もが多かれ少なかれ、他人が自分に抱く印象を操作する行為を行っている、といえます。
KIKI おそらく無意識にやっているんでしょうね。
阪田 去年行った自己紹介の実験があります。実験参加者には、練習と本番それぞれで自己紹介をしてもらうのですが、本番では、オンラインで人が見ていることを伝えておきます。練習と本番それぞれで、お辞儀と歩いている様子、しゃべっているところを撮影してみたらーー。
お辞儀は練習より本番のほうが長く、深く頭を下げる傾向にありました。また、歩き方も本番のほうが体幹が安定して、背筋が伸び、足取りは速く。これは、人が見ているとき、自分はどう振る舞うべきか、「見られたい自分」を意識して、演じているのではないかと推測されます。

KIKI 「人に見られる」という意識だけで、振る舞いが変わるのですね。
阪田 本番は練習よりも、「装わなきゃ」という意図が強くなります。その強さが動作に反映されているということですね。
「なりたい私」と「今の私」というふたつの自分
KIKI 意図の強さによって、自然と振る舞いが変わってしまうのは、興味深いですね。
阪田 実験では、事前に「人にどう見られたいか」という質問もしたのですが、その人が普段どんな歩き方をしているかも調べることにしました。さっきお話しした自己紹介をするためのステージがある会場に向かう廊下にもカメラを設置して、何も意識していない状態の歩き方を計測したのです。
KIKI それは見るのが怖いような…(笑)。なりたい自分と今の自分がかけ離れていることもありそうですよね。

阪田 まさに。癒し系に見られたいのに、普段の歩き方からは体全体の動きが大きく元気はつらつな印象が強かったり、その逆もあります。無意識の状態で、歩くというもっとも基本的な動作を見ることで、今の自分がどんな状況にあるかを可視化し、より客観的に自分を知ることができる。それを通じて「なりたい自分」について改めて考える。そんなことが明らかになっています。

KIKI これらを活用すると、ワコールではどのようなことができるのでしょうか。
坂本(ワコール) こうした研究をもとに、「見られたい自分」と「今の自分」の2つの視点をもち、そこから「今の自分」をどう変えていけばいいのか。そんな手助けができればと思っています。
なりたい自分の輪郭を探す
KIKI 今の自分を変化させるためには、どんな自分になりたいかを思い描くことが大事なのですね。
阪田 そのとおりです。まずは、なりたい自分の輪郭を明確にすることです。ただ、誰もが日常ではこれを自然にやっているんですよ。たとえば、誰かの素敵な洋服を見て自分も買いに行ったり、でも試着したら今の自分には合わないと感じたり。ヘアスタイルもそうですよね。誰でも、「なりたい理想の自分」と「リアルな自分」との間で折り合いをつけています。
KIKI 服やヘアスタイルは、お店の方がアドバイスをくれることもありますよね。

阪田 そうなんです。ところが振る舞いに関しては、それをしてくれるお店はないし、あれこれ試すこともないので、難しいですよね。同じ研究チームの菅原健介先生は「動きのカタログ」とおっしゃってくださったのですが、「動きのカタログ」で例を提示することで、自分では気づけなかった「なりたい自分」を見つけられるかもしれないと私たちは考えています。こんな服が似合いますよと店員さんから新しい気づきをもらえるように、振る舞いについてもそんなサポートができたらいいですね。
KIKI 「動きのカタログ」、いいですね。自分の可能性が広がる感じがします。
阪田 「なりたい自分を探す」ということは、「自分にとっての美しさ」を見つけることですが、そこに正解はありません。外見・内面両方のデータを活用しながら、自分を見つめ直して、変わっていけるサポートをしたいと考えています。
KIKI 今、お話を聞いていて、美しい佇まいを探すことは、ひとつの美しさだけでなく、その時々によって振る舞いを使い分ける可能性もあると感じました。後半では、阪田先生が日常から振る舞いについて意識していることもぜひお聞かせください。
(次回に続く)
撮影/石川奈都子
デザイン/WATARIGRAPHIC