若々しさのためには、マスクの下でも大きな笑顔

特集/のど、いたわってますか?

先生/本橋 玲(東京医科大学病院耳鼻咽喉科・頭頸部外科 講師)

---- 面識のない人と電話で会話をして、声だけで「これくらいの年齢の人かな」と想像していたら、実年齢と大きく違った、という経験はありませんか? あるいは、久しぶりに話した人に「声、大丈夫?」と変化を指摘されたことは? コミュニケーションツールである「声」は、良くも悪くも多くの情報をもたらします。なかでも「老け声」とも呼ばれる加齢による声の変化は、特に女性は気になるところ。声にまつわる疾患の専門的治療を数多く行う東京医科大学病院耳鼻咽喉科・頭頸部外科の本橋 玲先生にうかがいました。

若々しさのためには、マスクの下でも大きな笑顔

肌と同じで「声」も年齢とともに変化する

以前、あるテレビ番組で「声のアンチエイジング」について話をさせていただいたとき、「ふたりの女性の声だけを聞いて、それぞれの年代を当てる」という実験がありました。AさんとBさんが番組タイトルを読み上げ、ゲスト陣は、声が低めのAさん=50〜60代、ハキハキとした声のBさん=30代〜40代と予想。しかし、実際はAさんもBさんも50代前半の同年代で、スタジオは「ええ〜っ!」となりました。声がその人の印象や年齢を判断する基準になっているというわかりやすい例です。

声は、一生の間にさまざまな要因によって変化をしていきます。なかでも、「加齢による変化」は主に3つあります。

ひとつ目は、「うるおいの減少」。粘膜分泌低下による声帯表面の“乾き”です。うるおいがなくなってくると、きれいな振動が起きにくくなります。「声帯が乾いている」というのは自覚することはできませんが、たとえるなら、口の中がカラカラに乾いているときにパンを食べると、のどに引っかかってうまく飲み込めない、といった感じです。そういう状態の声帯で話すと、引っかかりがあって声が出しにくくなる。乾いた状態で声帯がぶつかるから傷もつきやすい。

次に「筋力の低下」。声帯を動かすための筋肉はいくつもあるので、多少筋力が衰えても動くことは動くし呼吸もできます。しかし、左右ふたつある声帯をピッタリ閉じる役割をする「声帯筋」が弱ってくると、声を出すときに声帯に隙間ができて息がもれ、声がかすれたり、低くなったり、ハリがなくなったりします。

3つ目は、「弾性の低下」。「声帯粘膜層」という「声帯筋」をカバーのように覆っているやわらかなゼリー状の物質が、硬くなっていきます。ギターの弦を硬いものに変えたら、上手く揺れないので音がきれいに出ませんよね。声帯も同様です。

要するに、お肌と同じで声帯も、若いときはみずみずしくハリがあるけれど、年齢を重ねるとともに乾燥してシワシワになっていく、ということです。特に女性は、更年期以降、女性ホルモンの分泌量が減って声帯がむくみ、太くなることで、音域が下がります。これが、声が高い=若い女性、声が低い=年配の女性、というイメージにつながっているわけです。

声の印象をつくるのは声帯のみにあらず!

また、「声」の話というと、「声帯」のことにばかり目が向きがちですが、あくまで「声帯」は音源。どんな音になるかは、口の形、ベロの動き、鼻の状態、さらに呼吸によっても大きく変わってきます。

特に呼吸は重要です。肺から出てくる空気が少なければ、息がもちません。空気をたっぷり取り込むためには、姿勢も大切です。よい姿勢を保持するためには体幹が必要です。横隔膜を動かす腹式呼吸は、声の通りを良くしますが、そのためには腹筋も鍛えなくては…と、発声には声帯だけでなく、からだのあらゆることが関係してくるのです。

再び、冒頭のAさんとBさんの話になりますが、ふたりが声を出しているところを映像で比べてみると、見た目にも差がありました。実年齢よりも老けていると判断されたAさんは、猫背っぽく、口角も下がっていて、口もあまり動いていません。実年齢より若い印象を与えたBさんは、胸を張っていて姿勢がよく、口角もしっかり上がっていました。声帯だけでなく、音を響かせる楽器としてのからだの状態も、発せられる声に大きな影響を与えることがよくわかります。

実はコロナ禍以降、特に歌手や舞台人など声を仕事にする人たちのなかで、声帯萎縮がとても増えています。もともとの筋肉量が多いために、使わなくなると減りも顕著になるのですが、一般の人でも注意していただきたいと思います。マスク生活が続くことで、口まわりを動かす機会が減っているからです。

おしゃべりの機会が減ってしまった今は、声にとって悪い時代です。だからこそ、たとえマスクの下で相手に見えないとしても、口を大きく開け、口角を上げて、ハリのある声できちっとお話をするようにしましょう。その積み重ねが、若々しい声を保つことにもつながります。

----マスク生活によって「声」をとりまく状況は激変しました。しゃべる機会が減り、顔の下半分を人に見せることが減った今、私たちのからだには予想外の変化が起きているのかもしれません。次回は、声のセルフケアやトレーニングについて教えていただきます。

取材・文/剣持亜弥
イラスト/坂田優子
デザイン/WATARIGRAPHIC
  • 本橋玲
  • 本橋玲 東京医科大学病院耳鼻咽喉科・頭頸部外科講師/新宿ボイスクリニック医師。ボイスクリニックなど声に特化した外来で、のどの病気や声にまつわる疾患、悩みについての治療、指導を行う。日本耳鼻咽喉科学会認定専門医・耳鼻咽喉科専門研修指導医、日本頭頸部外科学会頭頸部がん専門医、日本気管食道科学会認定気管食道科専門医。