織田信長も呼吸でメンタルコントロール!?
髙橋 情動で呼吸が変化する。さらには深い呼吸によって不安やストレスを軽減できることは、すでにお話ししてきました(前編参照)。もうひとつ、本間生夫先生とNHKの番組で検証した面白い例をご紹介しましょう。
みなさんご存知、戦国武将の織田信長ですが、戦の前には能を舞っていたという記録があります。そこで、当時の歌と舞を再現しながら、呼吸がどう変化するのかを調べました。歌う前は通常の呼吸リズムを示していましたが、歌と舞が始まると、呼吸が深くゆっくりしたリズムになっていったのです。ということは、戦を前にして、気持ちを落ち着け不安を払拭していたのかもしれません。つまり信長は、舞うことによってメンタルコントロールをしていたのではないか。それを見た家臣も、信長から勝機を察したり、緊張した気持ちを落ち着けていたことでしょう。小説の域を超えない推測ではありますが、そこからわかるのは、こうした日本の伝統文化は、気持ちを落ち着かせるために非常に有効な手段ではないか、ということです。
岸本 そういえば、舞踊家・梅川壱ノ介さんも、弓道家の佐竹万里子さんも、呼吸の大切さをお話しされていました。特に弓道では、からだ全体をひとつの筒にして、静かな呼吸を無意識に行うというのが印象的でした。
悪い姿勢→呼吸が浅くなる→落ち込む
の負のスパイラルに注意
髙橋 被災地の子どもたちに生け花を体験してもらったときも、呼吸と気持ちが落ち着いた様子でした。生け花では、姿勢を整えて向き合うので、それもよかったのでしょう。
姿勢でいえば、スマホの使用などによる姿勢の悪化が呼吸に及ぼす影響も研究しています。首が前に出てしまったり巻き肩になっている人が多いことは、みなさんもお気づきですよね。
KIKI 私自身も、日常では前屈みの姿勢が多くなってしまいがちです。
髙橋 前屈みになったり、上の写真のように悩んでいる姿勢をしたりしていると、胸郭が広がらず、呼吸しにくい状態になっています。浅い呼吸、早い呼吸を助長して、その結果ますます気持ちが落ち込む…。負のスパイラルに入ってしまうのです。
とはいっても、現代の生活では、悩みや不安、悲しみ、恐れなどを避けて通ることはできませんよね。突発的な出来事で呼吸が早くなるのは自然なことですが、その必要がない日常から呼吸が早くなってしまうのは、いいことがありません。そんなときこそ、意識的に深い呼吸をすることが役に立つというわけです。なぜなら、呼吸は自分で変えることができますからね。
楽しいから笑うのではなく、笑うから楽しい
髙橋 ここまでお話ししてきて、呼吸とマインドが密接に関係していることが、おわかりいただけたと思います。姿勢が変われば呼吸が変わる、そして呼吸が変われば情動が変わる。ということは、「姿勢が変われば情動も変わる」とも言えそうです。それがわかるのが、こちらの実験です。
髙橋 私もかつてはメタボリックな状態でした。これはまずいと、とにかくトレーニングして、3ヶ月で10キロ痩せました。こちらは同じメガネをかけて撮った時系列の写真ですが、体重が減ってくるほど、なんとなく自信に満ちた顔立ちにもなってくる。ちょっと調子に乗った顔をしてますけどね(笑)。
KIKI 先生がからだを張って証明しているのが、すごいです。
髙橋 心理学の視点では、ジェームズ・ランゲ説(抹消起源説)と言われていて、からだの反応や変化が気持ちに影響を与えるとされています。「楽しいから笑うのではなく、笑うから楽しい」という理論ですね。大笑いしている人がそばにいると、つられて一緒に笑ってしまうことも、そのひとつです。
岸本 私は、髙橋先生と一緒に研究をしながら、深い呼吸を意識するようになって、肩こりが軽くなったような気がしています。呼吸がからだと気持ちに変化を与え、快適な生活につながるということを、今後さらに広く伝えていきたい。ますますそう思うようになりました。
「からだ文化研究プロジェクト」では、まず自分の呼吸の状態を知って、姿勢や呼吸を整えることで、1日が快適に過ごせることを実現したい。そのためには、呼吸や姿勢の診断方法、モニタリングする装置、正しい呼吸が楽にできるウェアなどを開発していきたいと思っています。
髙橋 それは楽しみです。私の個人的な考えですが、「美しい佇まい」とは、「自」らの「心」を振り返り、凛として自信に満ちた日常を送ることだと思います。「自」らの「心」を合わせると「息」。ぜひ、自身の呼吸を振り返ってみてください。
KIKI 私は、今やっている育児とも結びつけて考えてしまいました。子どもが何かで動揺したとき、自分が怒ってばかりのとき、深呼吸、深呼吸…って落ち着こうと思います。
髙橋 子どもの寝息のリズムは、大人にもすごくいい影響を及ぼすようですよ。
KIKI 聞いていると、こちらも眠たくなりますものね。近寄って聞きに行きたくなりそうです。こうして専門の先生の研究が、実は身近なことに関わっていて、さらに新しい気づきがある。このシリーズをとおして感じたことです。研究が商品やサービスにやがてつながっていくと思うと、今後の展開が楽しみです。
岸本 大学や企業の研究者だけでなく、KIKIさんのようなユーザーの方も一緒に参加してもらい、その気づきを商品やサービスの開発につなげていきたいです。ありがとうございました。
撮影/高木亜麗
デザイン/WATARIGRAPHIC