「からだ文化研究プロジェクト」の現場に、モデルKIKIさんが訪問するシリーズ。前回に続き、京都大学の萩生先生と寺田先生にご登場いただきます。「筋シナジー」という考え方で、人の運動や動きを分析している先生方。そんなふたりが「美しさ」というテーマを前に、「とても難しい」と話す理由とは。「美しい佇まい」の奥深さも明らかになります。
トレーニングやリハビリの方法ももっと広がる
KIKI 先生がお話ししてくださった、筋肉同士が協力関係を結んでユニットを組んでいるという筋シナジーのお話、とても面白いですね(前回の記事を参照)。そういえば、私は趣味でトレイルランをしているのですが、その仲間が下りのスピード感を強化したいとマウンテンバイクの練習を始めたら、少し手応えがあったようです。これって、筋シナジーと関係があるのでしょうか。ある動きを強化したいときに、違う動きを練習することで効果が出ることはあるのでしょうか?
萩生 そうですね。その方の日常生活から筋シナジーのパターンをいくつもっているのかなどを調べれば、つながりが見えてくるかもしれません。
寺田 それがうまくいけば、歩くことが難しい人も違う動きの練習をして違う筋シナジーパターンを増やすことができて、リハビリにも応用できるかもしれませんね。
先生たちも実践、毎日続けられるウォーキングのコツ
KIKI ところで先生方は、日常で意識的にからだを使っていらっしゃいますか?
寺田 私は京都駅から大学まで歩くようにしています。6kmで約1時間ですね。ふだん運動しないので疲れますが、体調面でも、仕事の集中力においても、調子がいい気がします。
萩生 寺田先生のお話を聞いて触発されて、家から大学まで往復で約1時間ウォーキングを始めました。いろいろなルートを通って環境を変えるように意識しています。
寺田 ルートを変えるのは効果ありますよね。シーンが変わると時間の感覚が変わって、多少疲れていても歩けてしまうんですよね。
松井(ワコール) 私は、自転車で片道10km約40分、乗り継ぎの駅まで走っています。今の話を聞いて、いろいろなルートを探ってみようと思いました。
KIKI 毎日20kmはすごいですね! 環境を変えるというのが、気持ちの面でも大事なんですね。
萩生 大人もそうですが、筋シナジーをつくるという視点から考えると、発育段階でいろいろな環境で歩くことはとても大事だと考えています。アスファルトだけでなく、草むらや砂浜など違った環境の場所を歩くことで、いろいろなパターンの筋肉の使い方を覚えることができて発達するのです。
KIKI そうなんですね! もうすぐ1歳のうちの子どもも、お散歩が大好き。いろんなパターンを意識してみます!
たくさんの選択肢や可能性があるのが「美しさ」
寺田 今日、写真撮影をしてつくづく思いましたが、慣れていないとカメラを向けられた瞬間に動きがぎこちなくなりますね…(笑)。KIKIさんはカメラの前でも自然体なのに。KIKIさんが考える美しさとは何でしょうか?
KIKI 日常の中で美しく見えるというのは、モデルとして撮影のときに意識してきれいに見せることとは違うと思うんです。私自身は、無意識に、力まず、きれいな所作ができている状態を美しいと感じます。
寺田 なるほど。シーンを切り取ったときの美しさと、動きや背景全体で見たときの美しさは違うでしょうね。
しかも、エネルギー代謝的に効率のいい動きが、見た目にも美しいのかというと、そうとも限らない。筋シナジーパターンがどう出たら美しいといえるのか、その評価の仕方は手探りなところもまだまだあります。
松井(ワコール) 美しさというのは、とらえ方がたくさんあるように思います。自然体の振る舞いの美しさもあれば、ある制限がかかった中での美しい佇まいもありますし。この「からだ文化研究プロジェクト」では、そのときどきに違和感なく出すことのできる「美しい佇まい」について、たくさんの可能性や選択肢を整理し、タイプに分けてその人らしい美しさを提案できたらと思っています。
「印象」や「美しさ」は計測できる?
寺田 KIKIさんは写真を撮られる側として、見せたい印象と見る側の印象は一致していると感じますか?
KIKI そうだといいなと思います。ただ、これまでの経験から、印象というのは、ある程度コントロールできる部分もあると感じます。たとえばバッグの持ち方にしても、腕を上げて顔の近くに寄せるとキュートな雰囲気、腕を下ろして持つとクールな印象になったり。顔の表情もそう。笑顔なのか、すました表情なのかで印象は変わりますよね。
寺田 きっと印象に関するたくさんの引き出しをもっているのですね。まさにシナジー的なものと関係していそうです。プロはひとつのものを応用して、いくつも使い分けられるのかもしれません。
KIKI たしかに。無意識に使い分けている気がします。
寺田 私たちは、たくさんのデータから筋肉や動きのメカニズムをパターン化して、分析しています。ですが、今ワコールと一緒に研究をしていく中で、そこから「印象」や「美しさ」をとらえるとなると、動きだけでなく、雰囲気や表情などもっとトータルで考える必要があると感じています。
楽しいときや悲しいとき、感情によってからだの動きは変わる?
萩生 KIKIさんは、撮影で自然に笑っているときと、無理に笑おうとして笑っているときでは、動きに違いはありますか?
KIKI かけ出しのころは、たとえ撮影であっても楽しくないときに笑うことがとても難しかったです。無理やり楽しいことを思い浮かべてみたりして。ただ、「涼しい佇まいで」などと言われると、無理に涼しいことを思い浮かべたりはせず自然にできるんですよね。
寺田 笑うというのは、何か特別なものがあるのでしょうね。笑うと免疫力が高まると言われていたり、笑ったときにしか出ないからだの反応があるのかも。
萩生 脳には楽しいとき悲しいときといった状態に応じて運動が記憶されているので、自然に笑っているとき特有の運動があるのかもしれないですね。
松井(ワコール) ちなみに、駆け出しのころと比べて今はどうですか? 自然に笑えますか?
KIKI あるときから、何も意識しなくても笑えるようになりましたね、そういえば(笑)。
萩生 それはまさにシナジーの話に共通しますね。プロになるとそういうスイッチを入れやすくなって、使い分けがスムーズにできるのかもしれません。
寺田 動きや表情などいろいろなパーツを、プロは使い分けることができるのでしょうね。でも一般の人は、とっさに調整して適応することはなかなか難しいと思います。
松井(ワコール) その難しさをこじ開ける鍵が、シナジー研究から見つけられたらとても面白いと思います。
KIKI 難しいテーマだと思いますが、先生たちの研究が「美しい佇まい」にどう反映されるのか、これからがとても楽しみです。ありがとうございました。
「からだ文化研究プロジェクト」で一緒に研究している方々
撮影/石川奈都子
デザイン/WATARIGRAPHIC