今月のコトバ「アイスクリーム熱」

今月のコトバ「アイスクリーム熱」

そそるフレーバー名とは?

川上未映子さんの『アイスクリーム熱』という小説が好きだ。谷崎潤一郎賞を受賞した短編集『愛の夢とか』(講談社文庫)の冒頭に収録されている。アイスクリームショップの店員である「わたし」が、店に通ってくる人を好きになる話。その人が買うフレーバーはいつも「イタリアンミルク」と「ペパーミントスプラッシュ」の組みあわせだ。たった9ページの作品なのに、アイスクリームが少しずつ溶けていくようなその恋の顛末と余韻が忘れられない。

7月14日に公開された映画『アイスクリームフィーバー』は、この小説が原作になっている。ウンナナクールのクリエイティブディレクター・千原徹也さんの初監督作品で、同ブランドの「女の子への応援メッセージ2023」のイメージモデル・吉岡里帆さんや、ワコール「ハグするブラ」のミューズ・松本まりかさんなど魅力的なキャストがたくさん登場する。アイスクリームショップの制服である黄色いポロシャツをはじめ、女の子たちのファッションやヘアメイクも、とびきり可愛くておしゃれだ。

「イタリアンミルク」と「ペパーミントスプラッシュ」の組みあわせは映画にも登場する。発音される2つのフレーバー名とカラーコーディネイトは鮮烈で、口の中で溶けるミルクのやさしさとペパーミントのはじけ具合まで想像できた。これがたとえば「バニラ」と「抹茶」だったら、恋の行方は変わってきそうだし、「イーブイのもふあまアイス」と「ピカチュウとニャオハのぱちぱちアイス」(どちらもサーティワンアイスクリームの今夏の新作フレーバーだ!)なら、別の物語になってしまうだろう。

45年ぶりのフィーバー年

いずれにしても「アイスクリーム」というクールなアイテムに、真逆の温度差をもつ「熱(フィーバー)」という身体的なコトバを組みあわせたタイトルは秀逸だと思う。夢中になったり熱狂したりする状態を表す熱(フィーバー)には、ココロとカラダが一体となって燃え上がるニュアンスがある。燃え上がりすぎて燃え尽きてしまわないようにクールダウンしてくれるのがアイスクリームというわけだ。

「熱(フィーバー)」は、今年の猛暑を予見したかのようなタイムリーなコトバでもある。映画『アイスクリームフィーバー』が公開された2023年7月は、日本の観測史上もっとも平均気温が高い月だったそう。19世紀末に近代的な観測が始まって以降、いちばん暑かったのは1978年だったが、45年ぶりに記録を更新したというのである。このニュースを見て「1978年の7月ってそんなに暑かったんだ!?」と驚いたのは私だけではないだろう。

一体どんな年だったのか調べてみたら、1978年7月22日、ジョン・トラボルタ主演の映画『サタデー・ナイト・フィーバー』が日本で公開されていたことがわかった。この映画は世界中にディスコブームを巻き起こしたが、日本も例外ではなかった。1978年の流行語はなんと「フィーバーする」で、「今夜はフィーバーしない?」「ディスコでフィーバーしようぜ!」などの会話が飛び交ったのである。

フィーバーはとまらない

下着の歴史においても、1978年は重要な年だった。ワコールから前留めでバックラインがすっきりしたブラジャー「プリリブラ・フロントホック」が発売され、ブームを巻き起こしたのだ。『ワコール50年史』をひもとくと、「フロントホックブラは売れに売れ、年間280万枚という空前の売上げを記録した。記録的な暑い夏、タンクトップや透けるアウターウェアの流行がヒットに拍車をかけたのだった」と書かれている。1978年はフロントホック・フィーバーの年であったことも記憶に留めておきたい。

暑さの記録更新はそろそろ打ち止めにしてほしいものだが、世の中にポジティブな熱(フィーバー)が生まれるのは歓迎したい。あなたは今、何に燃え上がっているだろうか。私は、クレープフィーバーの真っ只中である。小麦粉とバターと砂糖とレモンだけでシンプルに仕上げた、パリ風の絶品クレープを売る店が近所にオープンしたせいだ。焼き立てのアツアツを渡されるからヤケドしそうになるが、あまりに美味しくて、炎天下に歩きながら食べるのがやめられない。本当に困ったものだ。さてどうするか? もちろん解決策はある。クレープ熱を冷ますべく、直後にアイスクリームを食べるのである。

  • 相川藍(あいかわ・あい) 言葉家(コトバカ)。ワイン、イタリア、ランジェリー、映画館愛好家。
    最近のお気に入りアイスは、FAR EAST BAZAARの「花蜜ミルク」と「デーツ」の組みあわせ。
文/相川藍(あいかわ・あい)
イラスト/白浜美千代
デザイン/WATARIGRAPHIC