今月のコトバ「とぐろを巻く」

文/相川藍(あいかわ・あい)
イラスト/白浜美千代
今月のコトバ「とぐろを巻く」

とぐろを巻くちから

とぐろとは、ヘビなどが、からだを渦のように巻いた状態のこと。漢字で書くと「塒(とぐろ)」または「蜷局(とぐろ)」となるが、いかんせん難しすぎる。「乙九呂(とぐろ)」くらいのヘビっぽい当て字のほうがいいのではないだろうか。だが、とぐろを巻くのはヘビだけではない。ちまたのネコたちも、とぐろを巻いて気持ちよさそうに眠ることがあり、これを「アンモニャイト」と呼ぶそうである。

寒い日は、そんなふうにとぐろを巻いて、ほっこり過ごしたいなと憧れる。ネコがとぐろを巻く理由はいろいろあるらしいが、ヘビは落ち着くためにとぐろを巻くと聞いた。しかし、落ち着いているときは、次の攻撃の準備をしているときでもあり、ふいに飛びかかってくることもあるようだ。

ヨガで「コブラのポーズ」をやってみると、うつぶせ状態から上半身を大きくそらせるとき、獲物に向かって首を持ち上げるコブラの気持ちが、少しだけわかる。ヨガ用語には「クンダリーニ(とぐろを巻いたメスのヘビ)」というコトバもあり、これは、脊髄の基底近くにひそむ神秘的な力のこと。私たちは、とぐろを上手に巻けなくても、からだの中に、眠れるヘビのような可能性を秘めているらしい。

離れがたい場所のしあわせ

「とぐろを巻く」には、別の意味もある。複数の人間が何をするでもなく一箇所にたむろしていたり、特定の場所に腰をすえて離れようとしないときに使われる。辞書の文例を見てみよう。

●若者たちが道の端でとぐろを巻いている(小学館『デジタル大辞泉』より)
●スナックでとぐろを巻いて帰ろうとしない(小学館『デジタル大辞泉』より)
●彼らはこのバーにとぐろを巻いている(小学館『プログレッシブ和英中辞典』より)
●彼らはうちに来るといつも何時間でもとぐろを巻く(小学館『プログレッシブ和英中辞典』より)

本人(たち)はいい気分なのに、周囲からはいまひとつ歓迎されていないようだ。要するに「いすわる」ということか。いすわられる側からすると「落ち着いた状態でいてくれるならいいが、いつ攻撃されるかわからないし」と、ヘビを見るような恐怖を感じているのかもしれない。いずれにしても、街中でヘビに遭遇するのと同じくらい、レアでレトロな慣用句だと思う。

似たコトバに「くだを巻く」というのもある。酔っ払うなどして、とりとめのないことをくだくだ言うことだ。とぐろを巻いてその場を動かないような人は、くだも巻いていることが多いんじゃないだろうか。離れたくない人がいて、繰り返し話したいことがあるのは幸せなことだけど、場所だけはときどき変えたほうがいいみたいですね。

ヘビの脱皮のように

とぐろが好きな作家といえば、夏目漱石だと思う。なにしろ『吾輩は猫である』にも『草枕』にも『彼岸過迄』にも「とぐろを巻く」という表現が登場するのだから。漱石の手にかかれば、ヘビや蚊取り線香はもちろん、人間の性質までとぐろを巻いてしまう。そもそも『蛇』という短編小説を書いているくらいだから、かなりのヘビ好きと見た。

遺作である未完の大作『明暗』(1917)は、新婚カップルの心情が、不穏なとぐろを巻き続けるような小説だ。妻は、すらりとした姿で派手な着物を好む23歳のお延(のぶ)。夫が入院し、夜ふかしをした彼女が、うっかり寝過ごした朝のシーンがおもしろい。ふだん几帳面を心がけてきたはずなのに、この日は枕元が「乱暴なありさま」になっている。

「上着と下着と長襦袢(ながじゅばん)と重なり合って、すぽりと脱ぎ捨てられたまま、畳の上に崩れているので、そこには上下裏表の、しだらなく一度に入り乱れた色の塊(かたま)りがあるだけであった。その色の塊りの下から、細長く折目の付いた端(はじ)を出した金糸入りの檜扇模様(ひおうぎもよう)の帯は、彼女の手の届く距離まで延びていた」(『明暗』より)

きらびやかな帯をぐるぐるとほどいて投げ出したあと、着物(上着・下着)と肌着(長襦袢)をすぽりと脱ぎ捨てたのだろう。カラフルなヘビがとぐろを巻きながら脱皮する映像を見たことがあるが、まさに、そのゴージャスな抜け殻のようではないか。解放感あふれる脱ぎっぷりに、あっぱれと言いたくなった。華やかな着物や肌着は、どんな脱ぎ方をしても絵になるにちがいない。

  • 相川藍(あいかわ・あい) 言葉家(コトバカ)。ワイン、イタリア、ランジェリー、映画館愛好家。
    疲れたときは、味覚的にも語感的にもベトナム料理に癒される。
    フォー、ブン、ミー、チャオ、ソイ、ラウ……とくにデザートのチェーは最強!