今月のコトバ「真剣勝負」

文/相川藍(あいかわ・あい)
イラスト/白浜美千代
今月のコトバ「真剣勝負」

次の真剣勝負はいつ?

真剣勝負(しんけんしょうぶ)。鋭い目の光や、キレのある身のこなしが思い浮かぶ四字熟語である。本来の意味は「ほんものの刀剣を用いて命がけで勝負すること」だけど、一般人に、そのような機会はあまりない。なので通常は、本気で勝ち負けを争ったり、何かに取り組んだりするときに使う。相手が人間であれ、ものごとであれ、まじめな気持ちで集中して挑むなら、それは真剣勝負といえるのだろう。

逆に、本気ではない勝負や、遊び半分の挑戦は、真剣勝負とはいえないってこと。よく使われる「非真剣勝負」なコトバの例としては、何の準備もなく、その場の成り行きで決着をつける「出たとこ勝負」や、あらかじめ勝ち負けが仕組まれた「出来(でき)レース」、真剣に争っているように見せかけながら、示し合わせたとおりに勝負をつける「八百長(やおちょう)」などがある。

いつもパワフルで熱い同業者に「最近、真剣勝負をした?」と聞いてみたところ、「毎日が、真剣勝負だよ!」と返ってきて感動したけれど、直後に「なーんてね(笑)」と照れはじめた。よくよく聞いてみると「毎日、全力投球で勝負しているとはいえるけど、ガチな真剣勝負はコンペの仕事のときぐらいかな」とのこと。なるほど、結果をともなう人生の大舞台こそを、真剣勝負と呼ぶべきなのかもしれない。毎日「勝負下着」をつけるのは問題なくても、毎日「真剣勝負下着」をつけるとなると、少々照れる気がするしなあ。

ビジネスも恋愛もゲームも

真剣勝負の場があるかどうかは、職種にもよるのかもしれない。ノルマのある営業職や、命を預かる仕事、危険をともなう仕事などは、毎日が真剣勝負であるはずだ。ビジネスの世界にはこんな名言もある。

「真剣勝負では、首をはねたり、はねられたりしているうちに勝つ、などということはあり得ない。商売は真剣勝負だ。得をしたり、損をしたりしているうちに成功する、などという考えは間違っている」(松下幸之助)

また、ステージやカメラの前に立つような仕事も、1回1回が真剣勝負だろう。

「何をしてもいい。とにかくウケろ。芸はお客さんとの真剣勝負だから、今日の客は悪いなんて言うな。それは負けなんだ」(五代目柳家小さん)

こう考えてみると、真剣勝負の舞台は幅広い。スポーツの試合や将棋の対局はもちろんのこと、恋愛や婚活を真剣勝負ととらえる人もいる。そんな中で今、世界的に注目されている真剣勝負といえば、韓国発のサバイバルドラマ『イカゲーム』。タイトルはのどかだが、多額の借金を抱える人々が命をかけて一攫千金をねらうデスゲームを描いたものだ。やはり、相手がいて、人生や生活がかかっていて、明快な結果が出るのが、いわゆる真剣勝負といえそう。なにしろ、気持ち的には、ほんものの刀剣でたたかうのだから。

ファッションこそ真剣勝負

最近、私が感動したのは、「生まれながらの反逆児」を自称するファッションデザイナー、山本耀司(やまもとようじ)さんの真剣勝負だ。今年9月、日本経済新聞の『私の履歴書』にその半生が綴られていた。今年でパリに進出して40年、来年で既製服メーカーのワイズを創業して50年。「世の中にはびこる権威や偏見、慣習とやらを木っ端みじんにぶっ壊してやろう」と夢想し続けてきたのだという。

10月には、コロナ禍で渡仏を断念するデザイナーが多い中、あえて予定通り、パリでショーを開催したが、その理由を「真剣勝負の舞台であるパリでショーを可能な限り続けるのがデザイナーとしての『レゾンデートル(仏語で存在意義)』と考えるから」とかっこよく語っていた。空手をたしなむだけあって、真剣勝負というコトバが似合う人だし、社内で怖がられているというのも、よくわかる。

そんな山本耀司さんは、ファッションのフラット化を嘆き、「服を選ぶことは、大げさに言えば生活や人生を選ぶことでもある」という含蓄のあるお言葉もあった。たしかにそうだ。だれかの人生を変えるような服をデザインする仕事って、すばらしいなと思うし、これはつまり、服を選ぶ側の人間にも、真剣勝負が求められているということなのだ。ゆるんだ気持ちにカツを入れられたようで、身がひきしまる。真剣勝負下着の出番も、もっと増やすべきかもしれない。

  • 相川藍(あいかわ・あい) 言葉家(コトバカ)。ワイン、イタリア、ランジェリー、映画館愛好家。
    疲れたときは、味覚的にも語感的にもベトナム料理に癒される。
    フォー、ブン、ミー、チャオ、ソイ、ラウ……とくにデザートのチェーは最強!