今月のコトバ「おすそわけ」

文/相川藍(あいかわ・あい)
イラスト/白浜美千代
今月のコトバ「おすそわけ」

おすそわけは、ありがたい

「おすそわけ(お裾分け)」は、「すそわけ(裾分け)」の丁寧語である。よそからもらった品物や利益の一部を、別の友人や知人などに分け与えることをいう。「すそ(裾)」とは、衣服の下のほうの、地面に近い部分のこと。よそからもらった品物をデニムパンツにたとえるなら、余ったすその部分を切って、「ほんの気持ちですが」と差し上げるイメージだろうか。いや、短パンになってしまうくらい大胆にカットして、気前よくプレゼントする人もいるかもしれない。

いずれにしても、末端部分の「つまらないものを分ける」というニュアンスをもつこの言葉は、目上の人に使うのは適切ではないとされる。どうしても目上の人におすそわけをしたいときは、「おふくわけ(お福分け)」という言葉を使うと、失礼にならないのだという。それなら「おすそわけ」なんて言葉、最初から使わなければいいのに!

などと書きつつ、内心、控えめで奥ゆかしいこの言葉に愛着を感じている自分がいる。当コラムとしても、ぜひ、推したい。なぜなら、すそは、決してつまらないものではないからだ。ランジェリーやドレスのすそには、上質なレースなどが使われている場合も多く、もっとも美しい見せどころとすらいえる。ウエディングドレスの長いトレーン(引き裾)なんて、その最たるもの。ゴージャスなすその一部をおすそわけしてもらい、幸せにあやかりたいくらいである。

お皿ごと、どうぞ

幸いにも「おすそわけ」という言葉が、すたれている気配はない。最近は、SNSで「シェア」するときに使われることも多いようだ。美しい風景を撮り下ろし、「おすそわけ」してくれるカメラマンもいれば、自分の店の人気メニューの作り方を「おすそわけレシピ」として公開しているシェフもいる。

ただし、元をたどれば、おすそわけの本領発揮は、ご近所づきあいではないだろうか。カラテカの矢部太郎さんの著書に『大家さんと僕』(新潮社)というマンガがあるが、この中に「おすそわけ」という章があった。主人公の矢部さんが、大家さんからスイカを半分、「お皿ごとどうぞ」と、おすそわけにあずかることから始まる話だ。

矢部さんはお皿を返そうとするが、大家さんは「矢部さんがもらってくださったらとっても嬉しいの」「ものをへらしていきたくて」「私のいなくなる日までに」などと言う。おすそわけのたびに、大家さんからお皿も一緒にいただくので、気がつくと矢部さんの部屋には、結構な量のお皿がたまってしまうのである。その後、おすそわけをめぐる話は、意外な方向に展開していくのだけど。

タッパーに何を入れるか?

このマンガを読んで、「タッパーなどの容器でおすそわけされたときは、別のものを入れて返さなければいけない」と聞いたことがあるのを思いだした。私自身はこれまで、タッパーごとありがたくもらってしまっていたような気がするが、まわりの人に聞いてみると、いろんな返却の仕方があることがわかった。

A「タッパーに、お菓子などを詰めて返す」
B「タッパーが汚れないように、袋入りのお菓子などを入れて返す」
C「お礼の品物は別に用意し、タッパーは空のまま返す」
D「タッパーの中に、お礼を書いたメモを入れて返す」
E「相手にお礼を言いながら、空のタッパーを返す」

タッパーを返さない私と比べれば、どの回答もすばらしいと思う。一応、正解を調べてみたのでご紹介すると、贈り物をもらったとき、品物が入っていた重箱などに、ちょっとした返礼品を入れて返す習慣は、昔からあるらしい。地方によって異なるが、これを「お移り」(=お釣りの語源)といい、半紙や懐紙などがよく使われるようだ。「紙」には「神」の意味があるのだとか……。というわけで、お礼を書いたメモを入れて返すというDの回答が、意外と本来の風習に近いのかも?

ちなみにさっき、現金で買い物をしたら、若い店員さんが「100円のお返しです」とお釣りをくれた。「お釣り」のことを「お返し」というのも、よく考えてみれば味わい深い。しかも、お釣りと一緒に紙のクーポン券もくれたので、ありがたく受け取るとともに、「おぬし、ただ者ではないな」と思ったのであった。

  • 相川藍(あいかわ・あい) 言葉家(コトバカ)。ワイン、イタリア、ランジェリー、映画館愛好家。
    疲れたときは、味覚的にも語感的にもベトナム料理に癒される。
    フォー、ブン、ミー、チャオ、ソイ、ラウ……とくにデザートのチェーは最強!