女の一生で見る女性ホルモンの波

特集/神秘なるホルモン

先生/田代眞一(病態科学研究所 所長
乳房文化研究会 会長)

女の一生で見る女性ホルモンの波 肌や髪など、女性の美しさに影響を与えるホルモン。ホルモンは、1日の中でも、1か月の中でも、リズムを刻み分泌されていますが、一生の中では、どんな波があるのでしょうか。引き続き、病態科学研究所の所長・田代先生にご登場いただきます。

女性ホルモンの激しい変動が産後うつの原因に

前回エストロゲン(卵胞ホルモン)とプロゲステロン(黄体ホルモン)というふたつの女性ホルモンについてお話ししました。女性らしいからだをつくり、子宮に作用するエストロゲン、受精卵が着床しやすい状態に整え、妊娠の状態を維持するプロゲステロン。これらの女性ホルモンは、初潮を迎え、妊娠出産を経て、閉経を迎えるという女性の一生を通したからだの変化に伴い、分泌量が大きく変動します。

ふたつの女性ホルモンが大量に分泌される時期は、初潮が始まり子どもから大人になる思春期、そして妊娠期です。特に妊娠期は、女性ホルモンが最大に分泌されますが、分娩と同時にエストロゲンは急激に落ちてしまいます。

一般的にエストロゲンがプロゲステロンよりも多く出ているときは、体調や精神状態がよく、逆にプロゲステロンが優位な場合は、気分もすぐれない、体調面にも問題を抱えるなど、トラブルが起きやすいのです。

分娩後、心身に不調を感じる女性が多いのは、急激にエストロゲンが落ちることが原因のひとつ。なかには"産後うつ"に苦しむ方もいらっしゃいます。ホルモンの変動によるからだや心の不調は、女性だけでなく、パートナーももっと知るべきです。女性に対して「また不機嫌になって...」と嫌がるのではなく、分娩後には、大きなホルモンの変動が起きていることを知り、単なる気分の上下ではなく、体調を崩していることを認識して、やさしくサポートする必要を強く感じます。

ホルモンの分泌量の変化は閉経後にも起きます。閉経し、更年期に入ると最初に落ちるのはエストロゲンです。産後のようにガクンと落ちるわけではなく、その減り方はゆるやかですが、やはり体調面に問題を抱える人が少なくありません。ほてりやのぼせ、めまいなど"更年期障害"と呼ばれるさまざまな症状が起こります。

人によっては、閉経後7年以内に骨粗鬆症になる確率が高いと言われていますが、エストロゲンの受容体の数や種類は人によって異なるため、症状には相当な個人差があります。

エストロゲンの受容体を多くもっている人は、更年期症状が軽い人が多いです。この値は遺伝によるところも大きいので、自分の親の様子から想定して、注意が必要な人は早いうちから骨を丈夫にする食べ物をとるように心がけるといいでしょう。

ホルモン分泌にメリハリをつける妊娠、出産

妊娠すると女性は、体内でパートナーである他人の遺伝子を半分もつ赤ちゃんを育てます。一般的に考えて、体内に他人の細胞があったら、自分の細胞はただちに"危険なもの"として、攻撃してしまいます。赤ちゃんが攻撃の対象にされてしまったら、大変です。

ですから、妊娠すると妊婦さんのからだは、赤ちゃんを異物として攻撃しないように"体全体の免疫を落として"鈍感にします。妊婦さんがカゼを引きやすかったり、インフルエンザにも感染しやすいのは、からだ全体が免疫力を落としているので、抵抗力が弱まっているからなのです。

このように、妊娠したら女性ホルモンを多量に分泌して、免疫系を下げたり、逆に分娩後はエストロゲンを下げて、免疫系を元に戻すなど、出産を通して実にたくさんのホルモン調節を行っているのです。

昭和30年代くらいまで、日本人女性は多産で子供は5人以上なんて家庭が多くありましたが、今は女性が一生に生む子供の数の平均は1.41人(厚生労働省「人口動態統計(確定数)の概況」/平成24年より)。この60~70年の間に女性のからだには大きな変化が起きていると言えます。

生涯を通して、出産の数が少ないことや出産をしないことは、その人の生き方であり、価値観です。そのことがからだにどんな影響を与えているかは、はっきりとわかりませんが、諸説ある中で、私が個人的には、妊娠、出産という激しいホルモンの変動を経験しないことが、免疫系の病気を引き起こす一因になっているかもしれない、と感じることがあります」

女性ホルモンの分泌量が心身の快調、不調にこんなにもダイレクトに関わっているのですね。1か月、一生を通して自身の女性ホルモンがどう変化するのかを、まずは知る事が大事です。そして、女性が知ることはもちろん、女性ホルモンについて、パートナーに知ってもらうことも、良好な関係を築くのに有効なのかもしれません。
田代眞一

田代眞一 病態科学研究所 所長/乳房文化研究会 会長。
医学博士(京都大学)、薬学修士(富山大学)。1947年京都市生まれ。富山大学薬学部薬学科卒業。元昭和薬科大学教授。血清薬理学研究会会長、日本医療福祉学会会長、和漢医薬学会監事、日本疫学学会評議員などを歴任。著書に『東洋医学に学ぶ健康づくり』(東山書房)『疾病の病態と薬物治療』(廣川書店)、『ビールを飲んで痛風を治す!』(角川グループパブリッシング)など多数。

取材・文/大庭典子(ライター)
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