今月のコトバ「恋と革命」

今月のコトバ「恋と革命」

恋と革命のインドカリーとは?

世の中にはカレーが大好きな人がたくさんいて、しかも、その数は年々増え続けているような気がする。近所のカレー店の行列は長くなるばかりだし、最近は、カレー作りをきっかけに料理に目覚めた人の話もよく聞く。私自身はごく平凡なカレー好きに過ぎないが、本気でカレーを愛する友人によると、どうやら大阪から始まったスパイスカレー・ブームが長く続いているらしい。スパイスカレーはからだに良い影響をもたらし「食べる漢方薬」とまで言われているという。

ワコールボディブックにも「具材もスパイスも栄養まるごと! カレーパワーの秘密」という記事があるので、ぜひ読んでみてほしい。おいしそうなカレーのイラストの上には「今夜は何カレー?」の文字が踊る。カレー好きにとって、これほど魅力的な問いがあるだろうか。「今夜は何を食べる?」ではない。カレーであることは既に決まっている。なんなら、毎晩カレーを食べ続けたっていいのでは? と幸せな気持ちになってくる。

ちなみに、日本記念日協会に登録されているカレーに関する記念日は「カレーの日(1月22日」「レトルトカレーの日(2月12日)」をはじめ、なんと15以上。中でも、ひときわインパクトを放っているのが「恋と革命のインドカリーの日(6月12日)」だ。1927(昭和2)年6月12日、日本で初めて「純印度式カリー」を売り出した株式会社中村屋が制定。創業者の娘がインド独立運動の活動家と恋に落ちたことをきっかけにインドカリーが誕生し、この記念日名がつけられたそう。なんてドラマチックなエピソードなの!

『斜陽』の魅力は色あせない

「恋と革命」といえば、1947年に発表された太宰治のベストセラー小説『斜陽』の「人間は恋と革命のために生れて来たのだ」という言葉を思い出す。蜷川実花監督の映画『人間失格 太宰治と3人の女たち』では、太宰を演じた小栗旬が「人間はね、恋と革命のために生れて来たんだ…」と、情感たっぷりのセリフでファンを釘付けにしていたっけ。

『斜陽』は女性の視点で描かれた独白小説で、いま読んでも新鮮な魅力がある。主人公は、没落貴族の娘でバツイチのかず子。浮世離れした病弱な母と暮らす日々の中、彼女が内に秘めた恋愛への情熱はすさまじく、叶わぬ恋にこれほど勇気を与える小説はないだろう。「人間は、恋と革命のために生れて来たのだ。神も罰し給(たま)う筈(はず)が無い、私はみじんも悪くない、本当にすきなのだから大威張り、あのひとに一目お逢いするまで、二晩でも三晩でも野宿しても、必ず」<『斜陽』(新潮文庫)より>

かず子にとって革命とは、古い道徳観との戦いであり、新しい生き方への挑戦だった。彼女が行動を起こすときの呪文は「戦闘、開始」。許されない恋に身を投じ、愛する人から返事がもらえなくても手紙を書き続け、自分を貫くために冒険をし、意外な形で思いを成就させる。そんな彼女の強さと比べ、男たちの残念なダメっぷりといったら!

こころとからだにプチ革命を

恋愛は、こころとからだの革命なのだと思う。革命の意味は「急激に進化すること」。恋に落ちる人は、傍目からもわかるほど急にキレイになったり、身だしなみや言動が変化したりすることがあるが、このような現象は、恋愛以外ではなかなか起きないのではないか。ただし恋愛は、計画的にできるものではない。ふだんは推し活やカレー活などを粛々と楽しみ、こころとからだのプチ革命といえるくらいの新陳代謝をキープしたいものだ。

実は最近、私のからだにもプチ革命というべき進化の兆候があった。それは手相。右手の感情線がくっきりと、濃くなってきたのである。カレーを愛する友人に打ち明けたところ「神経が図太くなったのでは?」と辛口のコメントが。しかし、そう言われても凹まないのが、神経が図太くなったことの紛れもない証拠かもしれない。「メンタルが強くなったんだわ」とポジティブに解釈することにした。

というわけで、6月12日の「恋と革命のインドカリーの日」は、強い心でスパイシーなカレーと向き合いたい。さらに1週間後の6月19日は「桜桃忌(おうとうき:太宰治の誕生日であり忌日)」として知られ、「ロマンスの日(6と19でロマンチックと読む)」でもある。梅雨が始まりそうな時期だからこそ、元気にカレーを食べ、わくわくするような小説を読み、ドラマチックな恋を夢見てはいかがでしょうか。

  • 相川藍(あいかわ・あい) 言葉家(コトバカ)。ワイン、イタリア、ランジェリー、映画館愛好家。
    「純印度式カリー」を食べたくて新宿中村屋ビルのレストランへ。メニューには「恋と革命の味」とあり、97年の歴史をもつ伝統のおいしさに感激!
文/相川藍(あいかわ・あい)
イラスト/白浜美千代
デザイン/WATARIGRAPHIC