今月のコトバ「においとフェロモン」

文/相川藍(あいかわ・あい)
イラスト/白浜美千代

今月のコトバ「においとフェロモン」

においの展覧会に行ってきた

「におい」には、2つの漢字表記がある。「匂い」と「臭い」である。「匂い」はにおい全般をあらわし、「臭い」は悪臭をあらわすが、どちらも同じ発音なので、会話では混同しやすい。ワインや高級食材、アロマを語るときには「匂い」ではなく「香り」と表現すべき、という暗黙のマナーがあるくらいだ。

文字にすれば「匂い」と「臭い」の違いは明らかだが、厄介なのは「臭い」という言葉が「におい」とも「くさい」とも読めてしまうこと。「くさいにおい」を漢字にすると「臭い臭い」となるが、「くさいくさい」としか読めないので、通常は「臭いにおい」「臭い匂い」「くさい匂い」「くさい臭い」と書くことが推奨されている。まあ、個人的には「クサイニオイ」でいいんじゃないかと思うけど。

今年の初め、池袋パルコで開催されていた『におい展』という展覧会へ行ってきた。芳香あり、悪臭ありのユニークなイベントで、香水のピュアな原料香を楽しみ、比較することができたのは貴重な体験であった。くさや、ドリアン、腐豆腐、シュールストレミングなど「強烈なにおいを放つ世界の食べ物」のコーナーからは、ときおり叫び声が聞こえ、さながらお化け屋敷のようだったが。

フェロモンのにおいって?

『におい展』でわかったのは、短時間でいろいろな種類のにおいをかぐと、非常に疲れるということ。珈琲豆の香りで休憩できるように配慮されていたが、それでも、うがいをしたくてたまらなくなった。かといって、鼻が鈍感になるわけでもないようで、帰り道、池袋駅の雑踏がどういうにおいで構成されているのかが、何となくわかってしまった。

展示の中で心に残ったのは、人間の男女のフェロモンを吹き付けたという2体のマネキンである。ヒトのフェロモンについてはまだわからないことが多いようだが、ここでは「生物が体内で生成して体外に分泌し、他の個体に一定の行動や発育の変化を促す生理活性物質」と説明されていた。

マネキンに近付いてみたけれど、においはしない。それはそうだ。フェロモンは無臭だというではないか。しかし、ごく短時間そばにいただけでも、フェロモンが「一定の行動や発育の変化を促す」のだとしたら、すごいこと。もしかすると、それが「恋に落ちる」ということなのかもしれない。自分と相性のいいフェロモン物質が存在するのだろうか? とりあえず、この男性マネキンにメロメロになるようなことはなく、ほっとした。

見た目だけでは恋愛できない

「ひとめぼれ」という言葉があるように、恋愛は見た目から入りがちだが、決め手となるのは別の要素ではないかという気がする。においやフェロモンも、そこに大きく関わってくるのだろう。

たとえばネットで知り合い、外見がめちゃ好みで、チャットでものすごく気が合った場合にも、実際に本人に会ったときに「あれ?なんか違う」と思ったら、それは盛り過ぎた写真のせいではなく、においやフェロモンの相性なのではないか。遠くから見て憧れている相手がいる人は、「あれ?」とならないよう、早い機会に、すれ違うチャンスなどをつくることをおすすめしたい。

ただし、においが見た目に左右されることも事実である。ある実験結果によると、見た目がいかにもおじさんだとオヤジ臭をより強く感じるが、見た目がおじさんっぽくなければ、オヤジ臭はさほど気にならないのだという。さわやかで清潔感のある雰囲気をまとうことは大切だ。いくら良い香りを漂わせても、うさんくさい態度をとったら台無しだし、けちくさい奴と思われれば水の泡。どんくさい動作、しんきくさい話し方、ふるくさい考え方も、イメージダウンは避けられないだろう。まあ、個人的には、あほくさいことばかり言ってる人は、ちょっと好きやけどな!

相川藍(あいかわ・あい) 言葉家(コトバカ)。ワイン、イタリア、ランジェリー、映画愛好家。
好きなネット用語は「パンくずリスト」。自分が今どこにいるのかを示す階層表示のことだが、ヘンゼルとグレーテルが森で迷子にならないよう通り道にパンくずを置いていったエピソードに由来すると知り、キュンとした。