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  • 2023.10.04

美容エディター・毛髪診断士 伊熊奈美さんインタビュー<前編>「誇れる自分」をつくる3つの要素

特別インタビュー/美容ジャーナリスト・毛髪診断士 伊熊奈美さん「誇れる自分のつくり方」前編

美容エディターとして活動しながら、毛髪診断士の資格も取得し、“大人の髪のエキスパート”として、テレビやラジオ、講演会まで、活躍の場を広げている、伊熊奈美さん。ヘアケアの専門知識を深め始めたのは30代後半のこと。そこで「人の役に立つ、正しい情報を伝える」ことを意識するようになり、「誇れる自分」が目覚めていった、と語ります。

伊熊さんの「誇れる自分」はいかにしてできあがったのか。さらにこれからの生き方は? 前後編でお届けします。

「女の子」という偏見をはねのけたかった

「今の私をつくりあげたベースになっているもの。そこには3つの要素があると思っています。まずひとつ目は“好奇心”。ある事柄について『なぜ、このような現状になっているのか』その理由が知りたくて仕方がない。そんな子どもだったのです。ふたつ目は“反骨心”。地方都市の一般家庭に生まれた私は、ことあるごとに『女の子は』と言われて生きてきました。『女の子は生意気なことを言うとお嫁に行けないよ』。そんな理不尽なことを言われ、それらの縛りをはねのけるにはどうしたらいいのか、つねに本気で考えていたのです。

さらに3つ目となるのが、“乱読”です。幼いころからジャンルを問わず、活字中毒のように本を読んでいました。ジェンダーの偏見に打ち勝つには、学びを深めるしかないという思いもあったかもしれません。借りた本を書き込む図書館カードにはぎっしりと書籍名が並び、小学校卒業時には、9枚目、10枚目を示す切り込みが入っていました」

美容ジャーナリスト・毛髪診断士 伊熊奈美さん

なぜ髪のケアは人任せなのか?

自分の環境を窮屈に感じた伊熊さんは、海外留学を視野に入れ、東京で英語関連の仕事へ就こうと試みますが、結果は全滅。実家へ戻ったのちに、タウン誌の編集に携わることに。これが編集者生活のスタートでした。さらに再び東京へ戻り、女性誌編集部のある大手プロダクションで美容担当編集者として力をつけ、31歳で独立。フリーランスエディターとしての道を歩き始めます。

「美容のことはもともと好きだったので、メイクやスキンケアなどのビューティページはもちろん、ヘアスタイルの特集も多く手がけていました。そうするうちに30代半ばで妊娠、出産。白髪自体は20代後半からあったものの、そのタイミングで一気に増加。抜け毛もひどく、妊娠・授乳中はヘアカラーを避けたかったので、まるでおばあさんのように老けこんでしまったのです」

このとき、伊熊さんの生き方の軸でもある、“好奇心”と“反骨心”がむくむくと顔を出し始めます。「自分の白髪がここまで増えたのはなぜなのか」「肌は自分でのお手入れが大切なのに、なぜ髪は自分で染めたりケアしたりすると美容院で肩身が狭くなるのか」。自分の実体験をもとに、頭皮や髪、そして健康のことをより深く勉強するようになったのです。

「学び始めてわかったのは、いかに正しい情報が少ないか、ということでした。今でこそ頭皮やヘアケアの情報はあふれていますが、当時はまだ『今ある髪を、化学的な成分のプロダクトできれいに見せる』というアプローチが中心。でも私は『健康な髪をからだの中からつくり出す本当の方法』が知りたかった。それまでに培ってきたスキンケアの知識があったからこそ、疑問もわくし、理解も早い。そうやって、正しいヘアケア情報を伝えることにやりがいを感じるようになっていったのです」

美容ジャーナリスト・毛髪診断士 伊熊奈美さん

誇れる自分とは、「社会の役に立っている自分」

そんな伊熊さんのさらなる転機となったのが、東日本大震災でした。紙の『雑誌』は、不要になったらゴミになってしまうもの。自分の仕事は果たして人の役に立っているのだろうか。もしかして、自分は不要なものを増やしてはいまいか? という思いに駆られたのだそう。そんなとき、出版業界からIT業界へと転職したある人との出会いが思わぬ扉を開けることになります。

「『紙の雑誌は縮小していく。そしてあなたのライター業は受注産業なのだよね。だとすれば、そのやり方にはいつか終わりがくるよ』。そう指摘されたのです。時代の流れを読んで異業種に移った人ならではの鋭い指摘でした。さらに続けてこう言ったのです。『だから自分でプラットフォームをもったほうがいい。WEBならばそれが今すぐできる』と」

その知人からの協力を得て、自分のプラットフォームをつくってみると「そこから一気に扉が開いた。世界が変わった」と語ります。毛髪診断士の資格をもっていることも功を奏し、講演会や企業のコンサルティングほか、これまでとは違う案件が続々と増えていったのだそう。ヘアケアの専門知識を携えて、八面六臂の活躍ぶりを見せる伊熊さんは、このようにして立ち位置を確立していったのです。

「私にとって『誇れる自分』とは、『社会の役に立てている自分』です。私は、情報によって人の運命は変わることができると信じています。白髪の染め方ひとつとっても、正しい情報を知っていれば、ヘアカラーによる頭皮のアレルギーを防ぐことだってできます。だからこそ私は、ものごとの表面だけでなく、裏側もしっかり調べて、正しい情報を提供していきたい。そのことで誰かの役に立つことができたなら、それこそが、まさに『誇れる自分』。自分の存在価値が揺らいだこともあったけれど、やるべきことが見えている今、少しずつゆっくりと歩を進めていきたいと思っています」

美容ジャーナリスト・毛髪診断士 伊熊奈美さん
  • 伊熊奈美(いくま・なみ) 美容エディター・ジャーナリスト。公益社団法人 日本毛髪科学協会 毛髪診断士 認定指導講師、社団法人 国際毛髪皮膚科学研究所 毛髪技能士。 20年以上にわたり、女性誌を中心に美容分野の記事を編集、執筆、監修する。特にヘアケアに精通し、現代の毛髪科学にもとづいた知見をリアルな生活に取り入れやすくするメソッドに定評がある。著書に『頭皮がしみる、かゆいは危険信号! いい白髪ケア、やばい白髪ケア』(小学館)、『脱白髪染めのはじめかた でもいきなりグレイヘアは無理!』(グラフィック社)。
取材・文/本庄真穂
撮影/高木亜麗
ヘア&メーク/コンイルミ
デザイン/WATARIGRAPHIC