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  • 2022.10.12

特別インタビュー/美術教師・末永幸歩さん「誇れる自分で人生を楽しむ」ための「アート思考」前編

特別インタビュー/美術教師・末永幸歩さん「誇れる自分で人生を楽しむ」ための「アート思考」前編

「アート思考」という言葉をご存じですか? ひとことでいうと、アート鑑賞をとおして、既存の解釈にとらわれない「自分だけの見方」を探すというもの。体得すれば、仕事や社会でも活用できるし、さらには人生の楽しさにもつながっていく…。『13歳からのアート思考』の著者・末永幸歩さんは、美術教師でありながら、ボディブックがテーマとして掲げる「誇れる自分で人生を楽しもう」の体現者でもあります。

末永さんがアート思考にたどりつくまで、そして誇れる自分とは。2回にわたってインタビューをお届けします。

アートは自分の中に眠っていたものを
呼び覚ましてくれる

「小さなころから、私にとってアートは身近な存在でした。イラストレーターをしていた父は、それ以外にもパントマイムをしたりサックスを演奏したり、今思えばすべてがアート活動。そして母は、私がやってみようと思いつた遊びでも工作でも止めることなく見守ってくれていたように思います。その影響なのか、既存のゲームを買い与えられることは少なく、あるもので工夫して遊ぶのが大好き。そんな子ども時代でした。

そのころなりたかったのは、学校の先生でした。念願かなって中学の美術教師になった20代前半は、とても充実していたけれど、教育に対する考え方も方法も、今とはまるで違っていました。思えば、教科書にあるような既存のものの見方をそのまま当てはめていただけ、だったような気がします

末永幸歩さん

4年間常勤教諭として勤務した後、大学院で美術教育を学び直すことにした末永さん。そこで知り合った仲間と、子ども向けワークショップを企画するように。このとき、アート思考のもととなる「小さな引っ掛かり」に気づくようになります。

「たとえば、子どもたちとこんな遊びをするんです。じゃがいもの澱粉をたくさん砂場のように広げて、自由にさせる。すると、戸惑ってすぐ中に入らない子もいるし、端のほうで少しだけ粉を触っている子もいる。ほんとうに、いろいろです。一方で先生たちはというと、粉を顔につけたり寝転がったり、思い切り遊んでいる。この違い、わかりますか?

大人は、“目一杯遊ばなくちゃ”“粉を使わなくちゃ”と、思い込んでのぞんでいる。子どものほうは、自分なりの方法で初めて見る粉に向き合っている。自分なりの方法で向き合ってこそ、自分の中で新しい考え・方法を生み出すことができるのです。大人もかつてはもっていたはずの感覚なのに。

私自身でいえば、何年か学校で働くうち、その気持ちが薄らいでいたことに気づかされました。でも、大人になっても取り戻すことはできます。そして、それにはアート鑑賞がとてもいい題材になるとわかったのです」

たくさんの「気づき」から
「自分だけのものの見方」を見つける

現在の末永さんは、複数の学校で授業をもちながらも、講演やワークショップで全国を回る、フリーランスの美術教師。自身が新しい働き方を実践しながら、「引っ掛かり」や「問いかけ」を見つける方法を、広めています。

「子どものころは、道を歩きながら水たまりを見て『いいな』と感じる感覚や、雲を見て『なんだろう?』というような疑問は、誰もが体験していたはずです。それが、だんだんと鈍ってしまっているのも、誰も同じ。そんな『引っ掛かり』の感覚を取り戻し、自分なりの考えを生み出すというのが、私の授業です。

授業では、1時間〜1時間半をかけて、ひとつのアート作品を見ます。そこで気づいたことを、とにかく“たくさん”書き出してもらうのが特徴です。“たくさん”が大事で、すぐに出てくるファーストインプレッションは、自分の本心ではないことが多いものです。たとえば、『風神雷神図』(※)を鑑賞したとしましょう。まずよく出てくる『迫力がある』という感想は、本当にそう感じたものでしょうか。かつて見た教科書にそう書いてあったことが、頭のどこかに残っていたのかもしれません。たくさんの感じたこと、心に引っ掛かったことを書き出していくうち、ようやく最後のほうで、自分なりの考えが出てくるものです。

(※ 風を吹き出す風神と、雷と稲妻をおこす雷神の姿を描写した絵画。俵屋宗達筆の屏風画が有名)
次に、いったんその考えを否定してみる。『雲が描かれている』と書いたなら、『雲でないとしたら』というふうに。その上で、視点を変えてもう一度見てみる。たとえば『絵の作者になって』『登場人物になって』見てみるのです。ファーストインプレッションとは違った、新しい解釈が生まれてくるのを、感じられるのではないでしょうか」

13歳からのアート思考

そうして生み出された「新しい解釈」は、誰とも違う「自分だけの見方・考え方」になる。これが「アート思考」の基礎。解釈は人それぞれでいいし、作者の隠れたメッセージを自分なりに感じることも。気をつけたいのは、アート思考の目的は、アートに詳しくなることではありません。フリーランスの美術教師になった今、末永さん自身は、この方法を授業に取り入れるだけではなく、実際の仕事や生活にも活用しています。

「人間関係でも仕事でも、考え方は同じです。『引っ掛かり』に気づいて、既存の考え方を否定して、見方を変えて。『引っ掛かり』というと、さまざまありますが、アート思考で大事にしたいのは、引っ掛かりをポジティブに捉えること。反発するだけだったり、人のアラを探すようなネガティブなものではありません。私が最初に美術教師をしていたときは、自分とは異なる考えに対してただ反発するだけだったり、そもそも引っ掛かりをもつこともできなくなったりしていました。でも、アート思考を『取り戻す』ことで、引っ掛かりをポジティブに受け入れて、新しい疑問や新たな発見につなげることもできます」

人に対しても、いつもと見方を変えてみれば、相手の見えなかった一面に気づくかもしれないし、隠れたやさしさを受け取ることもできるかもしれません。もともとは誰もがもっていたアート思考を「取り戻す」ことは、寛容な自分に出会うことだともいえそうです。

末永幸歩さん

*後編では、アート思考を実生活で活用していく方法をお聞きします(10月19日公開予定)。

  • 末永幸歩(すえなが・ゆきほ) 美術教師、東京学芸大学個人研究員、アーティスト
    東京都出身。彫金家の曾祖父、七宝焼・彫金家の祖母、イラストレーターの父というアーティスト家系に育ち、幼少期からアートに親しむ。武蔵野美術大学造形学部卒業、東京学芸大学大学院教育学研究科(美術教育)修了。アートを通して「モノの見方を広げる」ことに力点を置いたユニークな授業を展開。2020年初の著書『「自分だけの答え」が見つかる 13歳からのアート思考』が大ヒット。思考を深めるものの見方を取り戻させてくれる名著として、大人からも人気を集める。
取材・文/南 ゆかり
撮影/高木亜麗
ヘア&メーク/コンイルミ
デザイン/WATARIGRAPHIC