快適素材で、効率よく汗を蒸発

特集/いい汗悪い汗

先生/田村照子(文化学園大学名誉教授、
同大学院特任教授)

快適素材で、効率よく汗を蒸発

高温多湿な日本で、夏素材はここまで進化

前回、夏の衣服における透湿性、吸湿性、放湿性の大切さについて、お話しました。じんわりと肌にしめり気を感じるくらいの日は、透湿性(繊維と繊維の隙間を水蒸気が通り抜ける)や、吸湿性(水蒸気を吸着できる)が優れている素材を選ぶことで快適に過ごせます。

一方、汗は、蒸発するときに体温を下げますから、汗をいかに蒸発させるかが夏の衣服のカギ。蒸発できない汗は、無効発汗(前回の記事参照)となり、からだに大きなストレスを与えます。

夏の肌着や衣類選びは、吸水性や乾燥性のいいものを選ぶのがポイントです。
からだの中でも特に発汗量の多い体幹部分は、肌着による汗の吸水性や乾燥性を借りることで、蒸発面積を少しでも広げることに役立ちます。これは、無効発汗(体温調整には役に立たずにポタポタと流れ落ちる汗)を軽減するのにも有効です。

そもそも液状の汗は、水蒸気と違って、簡単に繊維の間をくぐり抜けることはできません。そのため、汗は一度繊維と繊維の間に吸収(=吸水)され、そのあと繊維表面から蒸発(=乾燥)します。

汗を一度繊維に吸収してから、やがて蒸発させるという間接的な蒸発の仕方も、蒸発するときに熱を奪うので、この発汗は体温調節整に"有効"です。

さて、吸水性に優れた素材として多くの人に親しまれている綿ですが、実は、綿には弱点もあって、多量の汗をかくスポーツ時などには、向いていません。その構造を見れば理由は一目瞭然。綿は繊維の真ん中に穴が開いていて、潰れた「ちくわ」のような形をしています。汗をかくと、吸水性のいい綿は汗を吸い込みますが、あまりにも多量の汗が穴の部分に入ってしまうと、外に出にくくなるのです。結果、吸水したあとに蒸発できず、衣服が水を含んで重たくなってしまいます。

最近では、加工技術の向上や新たな素材開発も進み、さまざまな"吸汗速乾性"に優れた夏素材が、肌着や衣服に使われています。綿や麻、レーヨンなど吸水性の高いものを、ドライタッチなポリエステルなどの繊維と混ぜて、肌側と表側で異なる繊維を使用したり、素材の肌側で汗を吸い、表側でその汗を拡散させ、肌触りもよく、吸汗・速乾性にも効果を発揮するという、高温多湿な日本の夏でも快適に過ごせるよう工夫された素材も誕生しています。

真夏日やスポーツ時など、たくさんの汗をかくときには、このような吸汗速乾性に優れた肌着やスポーツウェアを着ると、汗の不快感も軽減されることでしょう。

肌には「濡れ感」を探知するセンサーがない?!

汗で濡れたままの衣服を着続けていると、急激にからだが冷えてしまうのにも、理由があります。それは、空気と水では、熱を伝える力に大きな差があるためです。仮に空気の熱を伝える力を1とすると、水はその20倍以上。衣服とは、"繊維と空気の混合物"ですが、汗で濡れた衣服は、空気の部分を水(汗)が占めることになります。

乾いているときの衣服(空気+繊維)に比べて、汗をかいているときの衣服(水+繊維)は、20倍以上もの熱を奪ってしまいます。濡れた衣服のままでは、ぐんぐん体温をもっていかれるわけですね。ましてや、その状態のまま冷房の効いた部屋に入れば、温度差の分、奪われる熱も増えるので、あっという間にからだが冷えてしまいます。さらに追い打ちをかけるように、汗が蒸発するときには、体温を下げますので、結果、風邪をひいてしまうのも無理はありません。汗をかいたあとは、からだを拭いて着替えるなど、しっかりとケアしましょう。

汗にまつわるトピックスには意外なこともあります。実は、人間には「濡れている」ことを感知するセンサーがどこにもないのです。濡れたことを感知しているのは、水分そのものを感じたときに起きる触覚の変化や、汗などの水分が蒸発したときに感じる体温の変化など、総合的な感覚から判断していることが、実験でわかりました。

夏にビニールの椅子に長い時間座っていると、座っているときはなんでもないのに、立ち上がったとたんに汗による濡れ感を太もも裏に感じた、なんて経験はありませんか? あれは、立ったときに、水分の蒸発が起きているために、気がつくのです。

湿度に関しても、皮膚には湿度を感じるセンサーがあるわけではなく、湿度が高くなると、皮膚水分量が上昇し、それを湿潤感として感じているのです。今後も、皮膚のセンサーに対する研究が進めば、さらに快適な素材も開発されるかもしれませんね。

さて、ここまで汗についてさまざまなことをお伝えしました。汗のメカニズムを知って、この夏、少しでも無効発汗が減り、快適な夏を過ごせますように。

----汗にとって蒸発することがどれだけ大事か、それが夏の肌着、衣服選びのポイントでもあることがわかりました。この夏は、無効となる発汗をひと粒でも減らせるよう、教えていただいたことを生かしたいですね。
田村照子

田村照子 文化学園大学名誉教授、同大学院特任教授医学博士(東京医科歯科大学)。お茶の水女子大学大学院家政学研究科修士課程修了。順天堂大学助手、文化学園大学教授、同大学院 生活環境学研究科長を経て、現職。衣服の機能性に関する分野を人々の生活に役立つ学問領域にしたいと、医学の知識を生かしながら「温熱」「形態と運動機能」「皮膚の生理」を中心に研究。日本を代表する被服衛生学研究の第一人者に。著書に『衣環境の科学』、『衣服と気候』(気象ブックス)など多数。

取材・文/大庭典子(ライター)
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