秋のはじまりはいつ?
今年の夏は暑く、しかも長かった。9月中旬になっても猛暑は収まらず、東京・名古屋・京都などで「観測史上もっとも遅い猛暑日」の記録を更新したし、10月に入ってからも各地で「真夏日」を観測した。気象庁の予報用語では6月から8月が「夏」で、9月から11月は「秋」だが、そろそろこの区分を変えるべきときがきているのかもしれない。
暑い日を表す言葉は、少しずつ増えている。気象庁は1日の最高気温の高さに応じて「夏日」「真夏日」を以下のように定義しており、「猛暑日」が加わったのは2007年のこと。その後、気温40℃以上になる地点も増えたことから、2022年には、日本気象協会が「酷暑日」という独自の名称を打ち出したのだ。
最高気温25℃以上→夏日
最高気温30℃以上→真夏日
最高気温35℃以上→猛暑日(2007年より)
最高気温40℃以上→酷暑日(2022年より)
この先、もしも最高気温45℃を超える日があったら、何と呼べばいいのだろう。「酷暑日」の命名時に候補になったという「炎暑日」や「危暑日」が使えそうだけれど、まずは、そんな日が来ないことを全力で祈りたい。最低気温0℃未満の「冬日」や最高気温0℃未満の「真冬日」が、どこか遠い世界のできごとのように懐かしく感じられる今日このごろだ。
残暑バテはゆっくり癒やしたい
夏の暑さは体力を消耗させ、疲労感や食欲不振などを招く。これを「夏バテ」というが、近年はとりわけ残暑が長く厳しいことから「残暑バテ」という言葉がじわじわと定着してきた。これに朝晩が冷え込むことによる寒暖差ダメージが加わると「秋バテ」となるようだ。「バテ」の語源は「疲れ果てる」の「はてる」だが、「へばる」「へたばる」「くたばる」なども連想させるため、へとへと感が半端ない。
個人的な実感としても、やたらと眠いし、だるいし、やる気が起きない日々が続いている。食欲だけはあるものの、今年は残暑がしつこかったぶん、バテの回復にも時間がかかりそうだ。そういえば失恋の回復には、つきあった期間と同じだけの時間が必要だという説があるが、これは残暑バテにもあてはまるのではないだろうか。残暑とは立秋(2024年は8月7日)から秋分(2024年は9月22日)までの約1か月半の暑さのことだから、残暑バテは少なくともそれから1か月半後の11月初旬までは続く計算になる。
まあこれは、暑さと闘ってきた自分をゆっくり甘やかしてあげたいという怠惰な願望であるわけだが。しかしよく考えてみれば、それこそが本来の秋らしい過ごし方のような気もしてくるのだった。
生きる力とキャミソール
そんな残暑バテの気分に妙にフィットする『ナミビアの砂漠』という映画を見た。河合優実が演じる主人公・カナのだらしなさが、とても愛おしく感じられる137分だ。日焼け止めをぬりながら歩くカナ、友達の話を聞いていないカナ、泥酔するカナ、彼氏に依存するカナ、暴言を吐くカナ、暴力をふるうカナ、最低なウソをつくカナ、働きたくないカナ、ナミビアの砂漠を映すYouTubeのライブチャンネルを見るカナ……。
極めつきは、起き抜けに冷蔵庫からパック入りのハムを取り出して食べるカナだ。冷蔵庫のドアをあけたまま、しゃがんでハムをほおばる姿は、野生動物のようにワイルドかつチャーミング。カナがYouTubeで野生動物を見るように、観客はカナを見ることになる。やる気がなさそうに見えるが、ブチ切れると底知れぬエネルギーを発散する彼女から、目が離せなくなる。
ていねいな暮らしとは真逆の映画だが、カナのファッションには学ぶべきものがあった。不満げな表情をしていても、着ているものはいつも気持ちよさそうなのだ。中でもキャミソールはインナーとして着たり、重ね着したり、ちら見せしたり、寝るときも着ていたりして、肌のようになじんでいる。冷蔵庫の前でハムを食べるときのキャミソール姿などもマネしたくなるくらいだ。私たちは、ていねいな暮らしができないようなときこそ、ココロとカラダを癒やしてくれる、ここちよい肌着が必要なのだろう。
『ナミビアの砂漠』を撮った山中瑶子監督は、カンヌ国際映画祭で女性監督として史上最年少となる国際映画批評家連盟賞を受賞した。このけだるいファッション映画が世界で評価されているのだから、人生のある期間、せめて残暑バテが回復するまでの間くらいは、本能のおもむくままにダラダラと生きてもいいんじゃないかと思えるのである。
-
相川藍(あいかわ・あい)
言葉家(コトバカ)。ワイン、イタリア、ランジェリー、映画館愛好家。
カナの影響でナミビアの砂漠を映すYouTubeのライブチャンネルにハマり中。
水飲み場にやってくるさまざまな動物たちの姿に癒やされている。
イラスト/白浜美千代
デザイン/WATARIGRAPHIC