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  • 2022.10.19

特別インタビュー/美術教師・末永幸歩さん「誇れる自分で人生を楽しむ」ための「アート思考」後編

特別インタビュー/美術教師・末永幸歩さん「誇れる自分で人生を楽しむ」ための「アート思考」後編

『13歳からのアート思考』の著者・末永幸歩さんインタビュー後編。前編では、自分なりの「ものの見方」を獲得するためにアート鑑賞が役立つという話をお伝えしました。後編では、具体的に「誇れる自分」になるためのアート思考の発展方法を考えます。

答えを出すのに時間がかかっても
迷いが多くても、それでいい

「教育に関わる講演はもちろん、さまざまな場面で、意見や回答を求められます。そのときも、アート思考の基本である、感じたことを書き出す、どこからそう感じるのかを考える、自分がしている考え方を疑ってみる…という作業を、いつも繰り返しています。ただ、これには時間がかかります。

質問されてすぐテキパキ答えられたら、と思ったこともありました。でも、すぐに出てきた答えは、誰かの考えや自分がかつて考えていたことを当てはめているだけかもしれません。質問に真摯に向き合っているのかというと、違うような気がします。それに、毎日毎秒自分も周囲の状況も変化しているのだから、答えも都度考え直す必要があるのではないか。そう思うと、即答できなくて当然だし、そのほうが誠実な態度だといえそうです。授業も講演も、毎回少しずつ考えが変わるので、準備がとっても大変(笑)。でもそれが、私が誇れる仕事のやり方なのだと思います」

迷いながらも時間をかけて答えを見つけることは、まるで「自分探し」。「自分のことが誇れない」「自分らしさってなんだろう」…。自分探しで迷う人たちに、末永さんはこうアドバイスします。

「高校生から、こんな質問をされたことがありました。『どうしたら、自分の考えに自信をもてますか?』と。自分の考えを追求するのには、アート思考のプロセスでもある、たくさん考えて、どうしてなのか考えて、疑って…と作業が必要です。そんな姿は、迷いが多くて、自分の考えに自信がないようにも見えるけれど、結果的には、新しくてしっかりした自分の答えをもてるものです。そして、常に自分を新しく更新しているともいえます。

これが私の正解です! なんて言えたらかっこいいけれど、それよりいつも『これでいいのかな』と疑問をもち、答えが変化していくほうを大事にしたい。だから、迷っている人がいたら、『それでいいんですよ』と言いたいです」

末永幸歩さん

子どもから教えられることは
たくさんあります

末永さんは、2歳の子どもの育児真っ最中。そこでも、アート思考が生きてくるといいます。

「子どもはもともと、アート思考ができています。だから、手を出さずに見守ってあげるだけでいい。ですが育児においては、大人とは違う子どもの特徴を知っておかないと、意図せずしてアート思考を壊してしまうことがあります。

たとえば、子どもが何かを創作するとき、大人のように目標や手順を考えているわけではありません。やりながら作るものは変化していきます。しかし、だからこそ目標や手順を考えていてはつくれないようなものを生み出せる。

また、絵や作品に表現されたものは、頭の中に拡がるイメージのほんの一角でしかなく、大事なモチーフが描かれていないことも、よくあります。家族のことを思い描いていても、家族が絵に出てくるとは限りませんし、その形もまた描きながら変化していくものです。ですから、描かれたものだけについて聞くのではなく、その子どもの頭の中にある、描かれていない物語を聞き出してあげることが肝心です。

そして、大人が言葉を使って学ぶのに対して、子どもは五感すべてを使って対象に向き合っています。たとえば絵を描くとき、大人は『リンゴを描こう』と言葉で考えてから描きます。この場合、紙に描こうが別の場所に描こうが、同じものが描かれるはず。一方、五感で対象に向き合う子どもの場合、床に絵を描くなら手がすべるように大きな弧を描くし、壁だったら自然と縦線の多い絵になる…。床や壁といった対象に向き合っているからこその表現だといえます。

子どもは大人とは異なるものの見方や感じ方をしています。子どもならではのやり方が尊重されてこそ、子どもは多くのことを学ぶことができるのです。こんな特徴を知ってさえおけば、子どもの思いがけない行動も否定せず、臨機応変に対応もできます」

末永幸歩さん

「子どもから教えられることはたくさんあります。そして、大人になってもかつての感覚は取り戻すことができます。

ただ私自身がどうしていきたいかというと、キャリア観や理想は実はもっていないんです。『こうあるべき』と決めすぎず、変化に柔軟でいたいし、やってみて次の方向が決まることもあります。次はどんな仕事が来るだろう、どんな出会いがあるだろう。気づきがあるだろう。それが楽しいから、フリーランスの働き方は自分に合っています。一般の授業や先生の考え方とは違うけれど、これでいいんだと思っています」

不確実な現代に必要なのは、大きなビジョンや理想を掲げるよりも、「自分なりの答え」を変化に対応させていくこと。すぐには得られなくても、「アートがその手助けになってくれる」と末永さん。それに、すぐに得た答えで「わかったつもり」になるより、時間をかけて迷い、考えを重ねたほうが、人として深みがあるし魅力的。末永さん自身が、それを証明しています。

  • 末永幸歩(すえなが・ゆきほ) 美術教師、東京学芸大学個人研究員、アーティスト
    東京都出身。彫金家の曾祖父、七宝焼・彫金家の祖母、イラストレーターの父というアーティスト家系に育ち、幼少期からアートに親しむ。武蔵野美術大学造形学部卒業、東京学芸大学大学院教育学研究科(美術教育)修了。アートを通して「モノの見方を広げる」ことに力点を置いたユニークな授業を展開。2020年初の著書『「自分だけの答え」が見つかる 13歳からのアート思考』が大ヒット。思考を深めるものの見方を取り戻させてくれる名著として、大人からも人気を集める。
取材・文/南 ゆかり
撮影/高木亜麗
ヘア&メーク/コンイルミ
デザイン/WATARIGRAPHIC