声優・冨永みーなさん<前編>声優業を支える「甘やかさない」声の使い方

特集/のど、いたわってますか?

語り/冨永みーなさん(声優)
冨永みーなさん

国民的アニメとして知られる『サザエさん』の磯野カツオくん、『アンパンマン』のドキンちゃんの声など、誰もがなじみのある冨永みーなさんの声。声のプロとして長く声優を続けている冨永さんの、のどの使い方には、どんな秘密があるのでしょうか。

声に対して「甘やかさない、でも敏感でいる」

振り返れば今年で声優歴50年という、自分でも驚くほど長年声の仕事をさせていただいていますが、これは本当に運がよかった、人に恵まれたのだと心から思っています。というのも、私は常日頃ストイックにいろいろなアイテムを使って、のどの調子を整えたりすることはありません。専用のマイクやイヤホンを使っている声優さんも多くいますが、私は特にリクエストもなく、そのスタジオについているものを使い続けています。これだけは、というこだわりのルーティンもそこまでないのですが、強いて言うなら、「のどを甘やかしすぎない」が信条でしょうか。

冨永みーなさん

声は、ストレスや感情と直結していますから、これくらいゆるく構えていることが、もしかしたら声の仕事を続けていく秘訣なのかもしれません。あれがないとダメ、これをしてからじゃないと次の日ののどに関わる、と厳しいルーティンを自分に課しすぎると、それがないときに不安になってしまいます。あまり大きな声では言えませんが、私はお酒だって飲みますし(笑)、今は難しいですが友達と大笑いしておしゃべりするのも大好きです。

ただ、自分ののどの状態には、敏感でいたいとは思います。ちょっとおかしい、と気づくのがどれくらい早いかで、その後の対応が変わりますし、それが仕事のクオリティにも関わります。たとえ人にはわからないような微妙な変化でも、自分ですぐに気づいてそのときの対応処置の選択肢をたくさんもっていることが重要なのかもしれませんね。「過保護にしすぎない、でも敏感でいること」を何よりも大事にしています。

朝は軽い歌のウォーミングアップから

受験のときによく言われていた「(使う)3時間前には脳を起こしましょう」は、のどにも当てはまります。本番の3時間前には声を目覚めさせることが大事だと思っています。最近、そのために行っているのは、目覚めの1曲(笑)。お気に入りの曲をフルコーラスで気持ちよく歌うのが、ちょうどのどを目覚めさせてウォーミングアップをするのにいいのです。よく歌うのは、80年代のアイドルの歌謡曲。高音すぎず低音すぎず、無理なく気持ちよく歌えることが大事で、最近のアーティストでは、あいみょんさんの曲が気に入っています。

のどを整えるのは、お肌のお手入れにとてもよく似ています。お肌と同様、のどにとって乾燥は大敵。のどの粘膜が乾燥すると、粘膜のバリア機能が失われてしまい、声がガラガラになるなど、うるおいがなくなってしまいます。今は年中マスクが必須なので、乾燥を防ぐという点では助けられている気がします。

冨永みーなさん

もうひとつマスクの利点は、マスクの下ではどんなことをしていても誰にもバレないということ(笑)。いい声を出すためには、唇や口のまわりの筋肉をやわらかくして、適度に力を抜くことが必要なのですが、そのための手軽なトレーニングがリップロールです。口を閉じた状態で息を吐いて、唇を「♪プルルルル♪」とふるわせるのですが、これを駅から職場までマスク下で密かに行います。また、マスクの中で声を出さずに「あえいうえおあお」と、口をできるかぎり開けてトレーニングすることで、ちょうどいいウォーミングアップになります。

ストールやハイネックで首まわりを温める

からだの柔軟性は、声を出しやすくするためにとても重要です。かと言って、私には仕事前に入念にストレッチをして、といったルーティンはありませんが、必ずやっていることは首まわりをほぐして温めること。首まわりが凝り固まっていると、いい声は出ません。肩を回して鎖骨下のリンパを流すマッサージは毎日行っています。

また、冬はもちろん夏であっても、首まわりにはなるべくストールを巻いたり、ハイネックを着たりと冷やさないように気をつけています。声が出やすくなりますし、首には太い血管がありますので、温めることで全身の血流もよくなります。血行は声の良し悪しにも響きますので、これだけは必ず行っています。

あとは、声帯が少しでも疲れているなと感じたり、使いすぎて炎症を起こしてしまったら、とにかく休むことも大事にしています。病院の先生にも、「どんな薬よりも、しゃべらないのがいちばん効きますよ」と言われますから。調子の悪いときは仕事以外ではなるべく誰とも話さないように気をつけています。少しのどが怪しいなと思ったときに、すぐに行って状態を診てもらえる、信頼できるかかりつけの耳鼻咽喉科をもつことは、声優にとっては命綱なのです。

取材・文/大庭典子
撮影/望月みちか
デザイン/WATARIGRAPHIC
  • 冨永みーな(とみながみーな) 1966年4月3日生まれ。広島市出身。声優。映画『鯉のいる村』にて5歳で芸能界デビュー。TVアニメでは『サザエさん』カツオ役、『それいけ!アンパンマン』のロールパンナ役・ドキンちゃん役、『ビックリマン2000』主役タケル役などを担当。ナレーターとして『開運!なんでも鑑定団』『どうぶつ奇想天外!』『世界ウルルン滞在記』『いきなり!黄金伝説』など、人気の長寿番組にも数多く関わっている。LIVEや日本工学院専門学校講師など、活動は多岐にわたる。