出産を経験した女性など、今若い世代の間でも密かな困りごとになっている尿もれ。その仕組みを検証し、尿もれ軽減のために根本から取り組んだ画期的なショーツが発売されます。「キュッと骨盤底筋サポートショーツ」が完成するまでのストーリーを担当者に聞きました。
20代、30代女性にも増えている
日常の尿もれの不安
――「骨盤底筋サポートショーツ」を開発したきっかけについて教えてください。
杉野 まだ私が人間科学研究所に入る前、'95年ごろに一度吸水パッド付きショーツをつくったことがありました。そのときに軽失禁についていろいろと調べたのですが、20代・30代でも出産を機に経験したことがある方が多くいることを知りました。
杉野 ただ、まだ時代的にもそういうことにオープンではなく、尿もれなんて恥ずかしい、誰にも言えない、とその声は表には出てこなかったのです。吸水シートがドラッグストアで売られるようになったのは最近の話で、その頃は吸水シートといえば介護用の大きなものばかりという時代です。
それがときを経て今、尿ケア製品のCMが放送されるようになったり、雑誌やテレビで尿失禁のことが取り上げられて、だんだん「私だけじゃないんだ!」と、以前よりオープンな雰囲気が高まってきました。そこで、今なら若い人たちも含めて、軽失禁を軽減するようなショーツがあったら受け入れられるんじゃないかと、開発が始まりました。
またその頃、「ゆるんだ
骨盤底筋群を下から支え上げると、膀胱と尿道の境目である膀胱頸部も上がり、失禁の軽減につながる」という研究が大学と研究所とで進められていたのも、開発のきっかけです。
――尿もれには骨盤底筋群のゆるみが関係しているということですか?
杉野 はい。本来、膀胱は風船のように先がキュっとすぼまった形をしていて、その先に尿道があるのですが、骨盤底筋群がゆるむと、膀胱の出口が締まらずダラっと下がった漏斗(ろうと)状になり、尿道を絞める力もゆるまります。そうすると尿道が短くなってしまうのです。女性の尿道は男性に比べて短く3〜5cmともいわれていますが、骨盤底筋群のゆるみによってさらに短くなり、かつ、絞める力も弱くなるので、ふいにおなかに力が入ったときなどに尿が漏れてしまうのです。
私たちが考えたのは、ゆるんだ骨盤底筋群を下着の力でサポートすることで、下がった膀胱の出口の位置を上げ、ゆるんで短くなった尿道の距離を戻せないかということと、骨盤底筋群を軽く刺激することで、尿道口をキュッと締める力を高められないか、という2点です。
軽い刺激でもキュッと締まる!
からだの仕組みを利用したショーツの構造。
――実際に出来上がったショーツはどのような構造なのでしょうか?
杉野 最初は、骨盤底筋群を上げて、なおかつ支えられる仕組みを知るために下着の上からテーピングをして試しました。それをMRI画像で見て、膀胱と尿道の境目である「膀胱頸部(ぼうこうけいぶ)」が上がっているのか下がっているのかを大学の先生と一緒に検証しました。
進めていくうちに、骨盤底筋群の中でも、もっとも女性の神経が集まる「会陰腱中心(えいんけんちゅうしん)」という部位を軽くでも刺激すると、キュッと締まることがわかってきたのです。どうやらこのあたりを刺激すると効果がありそうだと、この部位にダイレクトにラインを沿わせるような構造を考えました。
――会陰腱中心。初めて聞きました。
杉野 会陰腱中心とは、肛門と膣の間にある部位です。文献では図解で膣と肛門の間のところという説明と、長さや位置は個人差があるということが書かれていますが、実際の人のからだ、特に股部分は形状が凸凹していて複雑で、どのような形状の中に会陰腱中心があるのかを、まず確認しました。モニターさんにご協力いただいて、計測用ショーツをはいてもらって、その上から膣と肛門の位置にご自身でシールを貼ってもらい、会陰腱中心の位置を確認しました。また、会陰腱中心にショーツが触れる設計にする必要があり、会陰腱中心の周りの立体形状を知る必要がありました。そこで、特に役立ったのはこのトルソーです。これは30年近く前から研究所にある、脚を開いた状態のトルソーで、股部の形状がリアルにできています。この形状を参考にしながら設計しました。
杉野 Y字のラインにはダーツとギャザーを入れて女性の股部の形に沿わせる立体裁断設計を行い、3本の線が集まる箇所に会陰腱中心が当たるよう、またそこに軽い圧がかかる設計に仕上げています。また裏マチには、防水布をつけていますが、通常、中の当て布は縫い付けてあるものがほとんどです。このショーツは、よりフィット感が高まるよう浮かせた状態で、どんな動きをしてもからだに沿うのも特徴です。
杉野 出来上がったショーツの試作品を着用してMRIを撮ると、はく前に比べて骨盤底筋群が上がっていることが確認できたときは、本当にうれしかったですし、大きな手応えを感じました。一緒に研究していた先生も、これによって尿失禁の軽減ができることを論文※1にしてくださいました。
※1『 女性の腹圧性尿失禁の改善を目的とした膀胱頸部挙上作用を有する下着の評価者盲検無作為化比較試験』
日本排尿機能学会誌第29 巻第2 号 岡山久代先生(筑波大学医学医療系)、二宮早苗先生(大阪医科大学看護学部)
生地のパワー感、圧のかかる部位...
難題をひとつひとつクリアして完成
――開発中、特に大変だったことは?
杉野 ちょうどいい着圧具合に仕上げるのは苦労しました。生地自体の着圧が強ければサポート力があがるというメリットがある一方、締め付け感も強くなり窮屈に感じるデメリットもあります。苦しくない着装感で、なおかつサポート力も発揮できるように設計するのは苦労しました。
また、会陰の前部分に圧がかかるのも不快に感じるだろうと、先ほどのトルソーに圧力センサーを貼って、パターン(型紙)をつくってはミシンで縫ってサンプルをつくり、圧力を見て、圧がかかりすぎてないか確認して、パターンを修正してまたミシンで縫ってサンプルをつくる...を繰り返して探ったことも、根気のいる作業でした。
犬塚 そうやって杉野さんが設計したものを、機能を保ったまま、量産に使用できる材料に変更することも大変でした。生地のパワー感が少し変わるだけで、食い込みを感じるようになったり、鼠径(そけい)部への当たりが気になったり、さまざまな変化が生じます。それを確認しながら地の目を変え、どんな体型の方がはいても、狙った場所にパワーを感じられるよう検証を重ねました。あまりパワーが強すぎると不快に感じてしまうため、機能を発揮しつつ不快に感じない絶妙なバランスの着用感を目指して、フィッティング確認とパターン修正を繰り返しました。パターンを修正すると圧力が変わるため、その都度、圧力センサー付きのトルソーで確認して、ちょうどいいパワー感を探りました。
――デザインについても教えてください。見た目にも、ごく普通のかわいいショーツで、尿もれ軽減という機能があるとは思えないのもいいですね。
犬塚 そこはこだわりました。今回、若い方でお困りの方にもぜひ手に取ってもらいたいので、BL(ブラック)とOV(オリーブ)、PU(パープル)の3色でどの世代も違和感なくはける色にしたのもポイントです。
また、このアイテムはユニチャームの吸水ライナー(10ccまで)と併用しても、効果があることが検証されています。遠出やからだを動かす日など、心配な日は吸水シートとショーツのセットならより安心できると思いますし、幅広い年代の方がこのショーツによって、尿もれという日常の不安から解放されたらうれしいです。
杉野菜穂子(すぎの・なおこ)
ワコール人間科学研究所
入社以来、ワコールブランド事業部で、「美ショーツ」をはじめ機能ショーツ、肌着等のパターン設計・企画開発・プランニングを経て、2010年7月より人間科学研究所にて研究開発を担当。研究結果から「SUHADA 肌リフト」など数々の商品を開発。
犬塚明日美(いぬづか・あすみ)
卸売事業本部 メンズインナー商品営業部 商品企画課
ワコール入社後、ファンデーションのパタンナーを担当。その後、ショーツのデザイナーに転身。 現在はメンズインナー商品企画課にてWACOAL MENのデザイナーとしてメンズ商品に携わっている。