2023.04.13

【特集】みんなの睡眠事情大調査#03

睡眠研究の第一人者からのアドバイス<前編>/「眠れない」を深刻にとらえないで

医学博士 西野精治先生

――眠りに悩みを抱えつつも、自分なりの睡眠ノウハウをもっているおとな世代。#01#02とで、みなさんの体験談をご紹介しました。今回からの2回は、睡眠研究の第一人者・スタンフォード大学の西野精治先生からのアドバイスをお届け。眠りに対する考え方から、家庭や社会のあり方まで、おとな女性を取り巻く状況を一緒に考えていただきました。

「睡眠を気にしすぎ」は逆効果に?!

更年期世代の多くの女性が抱えている「眠れない」という悩み。これは、男性にはない「女性ホルモンの変動」が大きな要因です。そのため、眠りに必要な「体温の調整」がうまくできない。不眠はもちろん、さまざまな更年期症状、不定愁訴を引き起こしています。

多くの場合、更年期にまつわる症状は閉経前後の5~10年間に起こり、その先はおさまっていくことが多いようです。私からまずお伝えしたいのは、この状態がずっと続くわけではない、ということ。そして、寝ようと意識しすぎてしまうと、逆効果になる可能性が高いということです。

では何のために眠るかといったら、昼間の生活を充実させ、健康に楽しく過ごすため。それができず日常生活に支障をきたす場合は、睡眠の改善だけでなく、婦人科でのホルモン補充療法など、更年期症状への対応も検討しましょう。ただ、そこまでではなく、「眠れない」というだけなら、多くの女性が同様に感じているもの。眠れないつらさは、確かにあるでしょう。でも、自分の睡眠に満足できている人のほうが少ないのが現実、くらいに考えましょう

比較するべきは、
過去の自分より同世代の仲間たち

さらにおとな女性に多いのが、睡眠に関して若いときの自分と比較してしまうことです。「若いときはもっとぐっすり眠れていたのに」「以前は朝すっきり起きることができたのに」などと比較しても、若いときと今で同じ睡眠のはずがありません。女性ホルモンが減少している更年期世代なら、比較するべきは同年代の人。同年代が抱えている更年期の問題、睡眠の問題を共有することで、つらいのは自分だけじゃないと思えるのではないでしょうか

眠れないときの対策も実にいろいろあって、効果も個人差があります。人がよかった方法が自分もいいわけではないし、中には誤った情報もあるかもしれません。自分で試してみてよかったことを続けてみることが、いちばんではないでしょうか。

重視したいのは
眠り始めの90分

眠れないことについて、それほど気にしなくてもいいとお伝えしましたが、短い時間であっても、入眠直後のノンレム睡眠(深い眠り)の90分間は大事にしてほしいと思います。ノンレム睡眠の間は、からだや肌の修復を促す成長ホルモンが分泌されたり、起きている間に蓄積した記憶を整理・定着させたり、さらには嫌な記憶を消したり、といったことが行われてます。近年の研究では、たまった脳の老廃物を洗い流すことも、睡眠中の大事な役割だとわかっています。起きている時間にも同じことは起こっているのですが、寝ている時間帯のほうが4~10倍ほど活発になるのです。老廃物を洗い流すことができずに蓄積すると、神経の病気や認知症にもつながっていくことも明らかになってきました。さらには、新型コロナをはじめとする感染症の予防、がんの予防など、免疫力にも影響を与えています。

「寝る時間がない」なら、絶対に90分の質を下げてはならない。『スタンフォード式 最高の睡眠』(西野精治)より

長い時間眠ることができない人、思うように眠ることができない人こそ、寝はじめの「黄金の90分」を大切にしてほしいと思います。そのために実践したいのは、生活のメリハリです。頑張って働いていると、日中は心身ともに過緊張の傾向にあります。家に帰ったらそこからスイッチをオフにして緊張をゆるめ、メールは見ない、仕事のことは考えない。そんなふうに切り替えられたらいいですね。

そして女性の睡眠の問題こそ、ぜひ家族で協力して取り組んでほしいと思います。せっかく眠りについても、帰りの遅い夫が「黄金の90分」の時間帯に帰ってきて、妻を起こしてしまっては、睡眠の効果は台無しです。具体的な方法は、次回の<後編>で詳しくご紹介します

  • 西野精治先生
  • <睡眠12ヵ条>の監修
    西野精治先生
    スタンフォード大学医学部精神科 教授
    睡眠・生体リズム研究所(SCNラボ)所長
    株式会社ブレインスリーブ 最高研究顧問
    医師 医学博士
    1955年大阪府生まれ。スタンフォード大学医学部精神科睡眠研究所へ留学時に、突然眠りに落ちてしまう過眠症「ナルコレプシー」の原因究明に全力を注ぎ、ヒトのナルコレプシーの主たる発生メカニズムを突き止めた。2007年、日本人として初めてスタンフォード大学医学部教授に就任。睡眠・覚醒のメカニズムを、分子・遺伝子レベルから個体レベルまで幅広い視野で研究している。
取材・文/おとなボディブック編集部
デザイン/日比野まり子
イメージ写真/Shutterstock.com