2023.02.16

【特集】おとなの「はじめて」は楽しい#05

脳医学者が解説<前編>/脳とからだのための3日坊主克服法

脳医学者 瀧 靖之先生

素敵な大人はたいてい、チャレンジ精神が旺盛で、新しい勉強や趣味を楽しんでいる…。そう感じている人も多いでしょう。「はじめて」が大人の脳やからだにどう関係するのか。東北大学加齢医学研究所で脳の発達や加齢のメカニズムについて研究している瀧 靖之先生に教えていただきます。

瀧 靖之先生

いくつになっても脳には
「変化する力」がある

脳の健康を維持するためには、「はじめて」は非常に有効です。かつて、脳は成人を過ぎてしまうと変化せず、年齢を重ねるとともに衰えるだけだと考えられてきました。しかし、比較的最近になって、脳には「可塑(かそ)性」という「変化する力」があり、大人でも成長を続けるということがわかったのです

もちろん、脳の可塑性は、子どもの頃は高く、段々と下がってきます。しかし、なくなるわけではありません。時間はかかるようになりますが、ちゃんと変化はする。大人の脳であっても、成長を続けることはできるのです。

そして、大人になってから何か新しいことを始める、というのは、脳の可塑性を刺激します。年齢とともに脳は萎縮しますし、それに伴って脳の機能も落ちていきます(下のグラフ参照)。しかし、「新しいことを始める」という働きかけをすることによって、脳の健康をより長く維持し、ひいては将来の認知症のリスクを下げることができる。「はじめて」は、いつまでも健康でいたいというすべての人の願いを叶えるための、重要なキーワードなのです。

年齢と脳の機能低下

3日坊主は当たり前!?
脳は「はじめて」が苦手

とはいえ、昨日までやってなかったことを「新しく始める」、そしてそれを「続ける」というのは、なかなか難しいですよね。特に更年期のホルモンバランスが不安定な年代は、おっくうに感じる人も多いと思います。

でもそれは、本来、当たり前のことなのです。

私たちの日常生活は、もちろん個人差はありますが、半分程度は「習慣」からできていると言われています。そこに「新しい習慣」を取り込むことは、誰にとっても難しいことなんですね。これは、脳科学的には「現状維持バイアス」といって、やり慣れたことをやるぶんにはストレスは感じないが、やり慣れないことをやることは、大変なストレスになる、ということ。そもそも、人の脳は、新しいことを始めるのが苦手なのです

ですから、3日坊主になるのは普通のことなんです。「始められない」「続けられない」ことで悩んだり、ご自分を責めたりしないでください(笑)。

私たちが何かしらの行動をするとき、脳の中ではさまざまな処理が行われています。そして「何かをやり始めた時」と「その行動が実際にある程度習慣化する」までの脳の処理は、異なっているということがわかっています。

日常に新しい習慣を取り入れようとするとき、最初に関与するのは「報酬系」の処理だとされています。私たちは、「ダイエットして美しくなりたい」「英会話をマスターして旅行に行きたい」など、自分にとって何かワクワクするようなことがあるから、新しいことを始めようとするわけですよね。その習慣が自分にメリットをもたらすという動機、これが報酬系です。

そこから、だんだんそれが習慣化されてくると、今度は報酬系は関与しなくなっていき、感覚や運動野など、脳の別のところが使われるようになってくると考えられます。この、「脳の使い方が変わる」までに、結構時間がかかるんです。現状維持バイアスを乗り越えて習慣化するまでには、個人差は大きいですが、おおよそ2か月程度はかかるということがいわれています。3日坊主になるのは当たり前ですよね。

習慣化するまでに2カ月

極小のステップの積み重ねで
気がつけば習慣に

しかし実際に、世の中にはどんどん新しいことにチャレンジし、それを継続している人が存在します。それは、その人たちが意志が強くて人間的に立派だからではありません(笑)。彼らは、脳のクセをうまく利用しているだけなんです。

その方法のひとつが、スモールステップです。しかも、ものすごく小さいステップから始めることです。

筋トレなら1日1回腕立て伏せをするだけ。英会話なら1日単語1つを覚えるだけ。ジョギングだったらウェアに着替えるだけ(笑)。「誰だってこのくらいならできるだろう」という極小のステップから始めて、それを1週間続ける。そうしてできるようになったら、腕立て伏せを1日3回にする、家のそばの電柱まで走る、と、ちっちゃくちっちゃく習慣を積み上げていきます

1日3回→1日5回→1日7回…スモールステップ!

そのうちに何が起きるかというと、逆の現状維持バイアス、つまり「やらないと気が済まない、やならいほうが気持ち悪い」になっていくわけです。歯磨きと同じですね。

今ある習慣と組み合わせて
3日坊主を乗り越える

スモールステップとともに、「新しいことを習慣化する」ためにもうひとつ重要なのが、「すでにある習慣にくっつける」ことです。「食事をしたら英単語」「リビングに入る時に腕立て伏せ」など、毎日必ず行う習慣とうまく組み合わせるといいですね。

もうひとつ言われていることが、「誘惑になりそうなものに近づかない」こと。例えば子どもなら「勉強したくないからつい漫画やゲームを…」とか、大人でも「ダイエット中なのについコンビニで甘いものを…」ということを阻止することです。これも、続けられる人と続けられない人の重要な違いです。

私も、家ではあちこちにヨガマットが敷いてあって、そこを通るたびに腕立て伏せをしています(笑)。脳のクセをうまく利用すれば、3日坊主も簡単に乗り越えられます

「脳のクセ」を利用

―――「3日坊主は当たり前」とわかると、少し安心できそうですね。次回<後編>では、大人の「はじめて」におすすめの趣味についてうかがいます。

  • 瀧 靖之(たき やすゆき)
  • 瀧 靖之(たき やすゆき) 東北大学スマート・エイジング学際重点研究センターおよび加齢医学研究所 臨床加齢医学研究分野 教授 医師 医学博士。東北大学大学院医学系研究科博士課程修了。脳のMRI画像を用いたデータベースを作成し、脳の発達や加齢のメカニズムを明らかにする研究者として活躍。読影や解析をした脳MRIはこれまでに16万人にのぼる。10万部を超えるベストセラーとなった『「賢い子」に育てる究極のコツ』(文響社)、『生涯健康脳』(ソレイユ出版)をはじめ、『脳医学の先生、頭がよくなる科学的な方法を教えてください』(日経BP社)など著書多数。一児の父。
取材・文/剣持亜弥
デザイン/日比野まり子