最新トピックス! 胸郭のニュートラルとは

特集/呼吸で自分を変える!

先生/柿崎藤泰(文京学院大学 保健医療技術学部
保健医療科学研究科教授)
取材・文/大庭典子(ライター)

最新トピックス! 胸郭のニュートラルとは

胸郭のゆがみが呼吸の妨げに?!

呼吸が深くなることで、からだや心に起こるさまざまな改善。一生付き合う呼吸について、知れば知るほど、もっと深く、いい呼吸をしたいという欲や興味がわいてきます。今回も文京学院大学の柿崎先生にご登場いただきます。先生が20年以上呼吸についての研究を続けるなかで、ここ5~6年でわかってきた最新のトピックスも教えていただきます。

深い呼吸をするためには、胸郭(きょうかく)のスムーズな動きが必須。突然ですが、みなさんはご自身の胸郭がどんな形をしているかイメージしたことはありますか? 胸郭は、肋骨・胸骨・胸椎で構成される胸部の骨格。驚くことに、この胸郭はかなり歪んでいる人がほとんどです。 第2肋骨 試しに鎖骨の下の第2肋骨あたりを指で触れてみてください。これを肩の方向に向かって触れて、左右同時に指で押しながら触ってみると、奥行きや硬さが均等じゃないことがわかりますよね。

多くの方は、右のほうが奥まったところにまで指が届く感じがするのではないでしょうか。外側(肩側)にいけばいくほど、右のほうが強く押せて、左は動かない状態。私がこれまで多くの人を見るなかで、この現象は10人中9人の方が当てはまっています。

では、胸郭の下部はどうでしょう。胸郭下部では、この現象が逆転。第7肋骨あたりを触ってみてください。さきほど右のほうが動くと感じた方、今度は反対に左が動くけれども、右は硬いと感じませんか? これは単純に右利き左利きの問題ではなく、どちらの人も同じ特徴が出ました。このような硬さの違いは、胸郭が歪んでいること、胸郭の中心がズレていることで起こります。

「数ミリのズレ」に秘められた人類の進化

胸郭の中心 胸郭の中心に関して新たにわかってきたことがあり、呼吸の深さにも大いに関係があります。それは、「胸郭の中心は、センターではなく左に1~2ミリズレたところにある」ということ。この胸郭の中心が左に1~2ミリ寄った状態を"胸郭のニュートラル"と呼んでいて、深い呼吸をするためには、胸郭のニュートラルを獲得することがとても大切なのです。

胸郭の中心がなぜ左にズレているのか、これは四つんばいになったときに、重心を少し左に寄せると、筋力が最大に出力でき、安定することに関係があります。四つんばいの状態とは、つまり四つ足歩行だったころの名残。胸郭の中心が少し左にズレているのは、人類の発生学に関わる重要な意味があるように思います。

さきほど「胸郭の上は右が動きやすく、下は左が動きやすい」と感じた方は、胸郭の中心が左にズレているという意味では、正常です。ただし、多くの方はズレ方が過剰なのです。そのズレが大きくなればなるほど、呼吸も浅くなってしまいます。臨床実験の結果では、胸郭のズレを小さく修正すると、からだにいい結果が出ることがわかってきました。

今、左に偏りすぎている胸郭を戻し、ニュートラルを獲得すると、からだは柔らかくなり、呼吸は深くなります。私が理学療法を行ううえでの目標は多くの患者さんが"胸郭のニュートラル"を獲得すること。次回対策法なども含めてもう少しお話していきましょう」

私たちが二足歩行になるはるか昔の四つ足時代、「胸郭がほんの数ミリ左寄りになる」ことで、揺れを少なくし、安定した歩行ができた...、その名残が今なお私たちの呼吸に影響を与えているなんて、驚きですね。"ニュートラルを獲得する"にはどうしたらいいか、次回さらに詳しくお伺いします。
柿崎藤泰

柿崎藤泰 文京学院大学 保健医療技術学部、保健医療科学研究科教授、理学療法士、医学博士。昭和大学藤が丘リハビリテーション病院リハビリテーション部、昭和大学附属豊洲病院リハビリテーション部主任を経て現職。胸郭の運動分析、姿勢と胸郭周囲筋活動の関係、呼吸運動療法(呼吸困難感を和らげ、個人にみあった日常生活動作を再建するための運動療法)の開発を行う。臨床結果に基づき、培った理学療法士の技術により、呼吸器の障害を持つ多くの人々に見合う最良の「呼吸」づくりを提案。『呼吸運動療法の理論と技術』(メジカルビュー社)『ブラッシュアップ理学療法』(三輪書店)など著書多数。NHK『あさイチ』での呼吸の特集にも出演。

イラスト/190