睡眠は、脳・心・美容の栄養

特集/眠りと美の深い関係

先生/肥田昌子(国立精神・神経医療研究センター
精神保健研究所 精神生理研究部室長)
取材・文/大庭典子(ライター)

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睡眠不足は、記憶力低下の原因にも!

私たちの寝ている間、からだや脳ではどんなことが起きているのでしょうか。引き続き、肥田先生にお伺いしました。

「私たちは睡眠をとらずして生きていくことはできません。驚かれるかもしれませんが、睡眠を3日も絶つと錯覚や幻覚があらわれ、正常に機能できなくなってしまうほど睡眠は人間のからだには必要なものです。睡眠によって脳やからだを休息させることは生命維持に必須なのです。もしも、充分な睡眠がとれていないと、脳や情動にさまざまな問題が起きてしまいます。

睡眠不足は、翌日のワーキングメモリーの低下につながります。"会社に行く"や"家に帰る"など習慣化していることに対して、寝てないからといって"家への帰り道がわからない"など、記憶がなくなることはありませんが、新しいことを記憶する力が落ちてしまうのです。睡眠不足は、仕事が覚えられない、効率が悪いなど、翌日のパフォーマンスが下がってしまう原因に。

また、睡眠不足は、マイナスの感情が強くなる傾向が見られるなど、情動にも大きな影響を与えています。睡眠不足によって感情を操るどこかの部分が過敏に反応するか、または鈍感になってしまうのか、今はまだ研究段階ですが、脳内を十分に休めていないことが原因で、通常の反応ができなくなっていると考えられます。

睡眠中は"放熱"をして、からだと脳が休養

体温の1日のリズムとしては、日中活動しているときは高く、夜の睡眠中は低くなります。睡眠時には"放熱"をして、脳やからだを休ませているのです。赤ちゃんが眠くなるとからだが温かいのは、表面が放熱しているからで、実際の体温は低くなっているのです。逆に、睡眠前に体温を上げるようなことをすると、眠りづらい状態をつくってしまいます。

たとえば、睡眠直前のお風呂。お風呂あがりはどうしても体温が上がりますので、湯船に浸るのは、睡眠の2時間前にするのが理想的ですね。難しいときはシャワーだけにするなど、なるべく体温は上げないようにしてください。

食事も同じ。食べるとエネルギーを使いますし、カロリーをとったら体温は上がり、臓器は活発に動き始めてしまいます。睡眠直前に食べるのもまた眠りづらいからだをつくってしまうのです。

体温を上げるような激しい運動も睡眠の前にはやめたほうがいいでしょう。ただし、ある程度の疲労感は、すんなり眠りにつくには必要なこと。よい睡眠のためにも、運動はしたほうがいいですね。望ましいのは夕方の時間帯ですが、社会人には実現が難しいので、睡眠前はリラックスできるストレッチ程度にしましょう。

朝起きるのが苦手、目覚めが悪いという方は、朝食をとる、軽くからだを動かすなど、寝る前にしてはいけないことを逆に行うと体温が上がり、起きやすくなります。

誰もが一生付き合っていかなければいけない睡眠。眠りの質が上がれば、健康度や美容にも必ずいい効果があるはずです。今まで体内時計のことをまったく意識していなかったという方は、ぜひこれからの眠りの質の向上に役立ててください」

眠りのメカニズムを知ることで、改善すべきところが見えてきました。眠りの質を上げて美しさも磨きたいですね。

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肥田昌子 国立精神・神経医療研究センター 精神保健研究所 精神生理研究部室長。東京大学大学院医学系研究科分子細胞生物学専攻修了、医学博士。03年、米国ヴァンダービルト大学リサーチアソシエイトを経て、09年から現職に。時間生物学、分子生物学を専門にした研究を行っている。生体組織を利用したヒト生物時計機能評価に関する研究成果で、日本時間生物学会第18回学術大会において優秀ポスター賞、日本睡眠学会第37回・第41回定期学術集会にてベストプレゼンテーション賞、第19回日本睡眠学会研究奨励賞を授与。

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