今月のコトバ「ご自愛ください」

文/相川藍(あいかわ・あい)
イラスト/白浜美千代
今月のコトバ「ご自愛ください」

自愛には「からだ」が含まれる?

「ご自愛ください」は、手紙やメールの結びに使われるあいさつのコトバ。英訳するなら「Take care of yourself」がよさそうだ。自愛には「自分を大切にすること」「自分のからだを大切にすること」「自分の健康状態に気をつけること」などの意味があるから、「ご自愛ください」は「おからだを大切に」とほぼ同じ意味と考えられる。ただし「ご自愛ください」は、会話の中では使いにくい。書き言葉ならではの風格あるコトバといえるだろう。

「おからだをご自愛ください」という文例もよく見かけるが、自愛には「からだ」の意味が既に含まれているので、これは間違った重複表現とされている。個人的にはむしろ丁寧な印象を受けるのだが……。そもそも「自愛」という熟語には、からだを表す漢字が入っていないので、ついつい「おからだ」を付け足したくなる気持ちはよくわかる。

その代わり「ご自愛ください」には、からだだけでなく「心も大切に」というニュアンスが感じられるような気がする。コロナ禍のあいさつとしても、ふさわしいのではないだろうか。自分のメールボックスを「ご自愛」で検索してみたら、「季節の変わり目につきご自愛ください」「時節柄ご自愛ください」「何卒ご自愛ください」「どうぞご自愛ください」「どうかご自愛ください」「ご自愛くださいますように」「ご自愛してお過ごしください」「くれぐれもご自愛下さいませ」「ご自愛のほどを」など、いくつものバリエーションがあり、2つとして同じものがないことに感激してしまった。

ご自愛を自在に使う人々

中には、親しみやすくカジュアルな変化球バージョンもあった。「くれぐれもご自愛くださいね!」「ご自愛くださいませね!!」「どうぞご自愛くださ〜い」「どうぞご自愛くださいませ(^^)」「ご自愛のほど、お過ごしくださいませ〜♪」などなど。なんだか、これだけで元気が出てくるではないか。

逆に、フォーマルなバージョンとしては、最近、印象に残った2つの例があるので、謹んでご紹介申し上げたい(と、妙に丁寧になってしまう)。ひとつは「皆様がご自愛のうえ、健やかな日々をお過ごしになられますよう、心よりお祈り申し上げます」というもの。ある化粧品ブランドのニュースレターの結びの文章だが、とてもあたたかく美しい。

もうひとつは「コロナ禍厳しき状況下、よくよくご自愛願いあげます」というもの。こちらは、アラセブ(アラウンドセブンティ)の男性が、複数の知人宛に送ったメールの結びである。気持ちのいいリズム感だが、「よくよく」と「願いあげる」はやや難易度が高い。辞書を引くと、この場合のよくよくは「十分に手落ちなく」「念には念を入れて」、願いあげるは「うやうやしく願う」という意味だった。ご自愛との相性も抜群な、ザ・文語体といえよう。

落ち着いたらぜひ問題

「ご自愛ください」とともに、コロナ禍で増えていると思われる結びのコトバがある。「落ち着いたら、ぜひ○○しましょう」である。一般的には、ぜひ会おう、ぜひ行こう、ぜひ飲もう、ぜひ遊ぼう、といった内容が主流だろうか。しかし、もともと「落ち着いたらぜひ」「こんどぜひご飯でも」などのフレーズは、その気がないときに使える社交辞令としても知られている。本気で書いても軽く受け取られたり、軽く書いても本気で受け取られたりする可能性はあるだろう。

ひとつ言えるのは、具体的な内容が入っているほど、より本気度が感じられるということ。「落ち着いたら○○さんも誘って、おいしい○○が食べられる○○へ行こうよ」など、瞬時に情景が思い浮かぶようなプランが書かれていれば、その気がない相手の気持ちだって動くかもしれない。ただし、○○がすべて超魅力的なキーワードであることが条件だ。

前述のアラセブ男性の別のメールには「××会が開催叶う日の一日も早く到来することを祈りながらおります」という結びがあった。さすがの風格である。ちなみに××会は、四季折々に仲間内で開かれる食べ飲み会の俗称だ。このような文章で書かれると、ずいぶん高尚な会合のように思えてくるし、何より、押しつけがましくないのが素晴らしい。私も一緒に祈りたいと思った次第である。

それでは皆様、ご自愛のほど、お過ごしくださいませ〜♪(結局、これが使いやすそうで気に入った)

  • 相川藍(あいかわ・あい) 言葉家(コトバカ)。ワイン、イタリア、ランジェリー、映画館愛好家。
    疲れたときは、味覚的にも語感的にもベトナム料理に癒される。
    フォー、ブン、ミー、チャオ、ソイ、ラウ……とくにデザートのチェーは最強!