今月のコトバ「すっぴん」

文/相川藍(あいかわ・あい)
イラスト/白浜美千代
今月のコトバ「すっぴん」

すっぴんは高貴で美しい

すっぴんとは、化粧をしていないこと。つまり、素顔のままであることだ。ひらがなやカタカナで表記されることが多く、独特な位置づけのパワーワードだと思う。よく似たコトバに「素寒貧(すかんぴん)」があるが、こちらは無一文で何も持たない状態や人を表す。自虐的に使われがちな俗語なので、すかんぴんだからといって、すっぴんとは限らないだろう。

他方、もしかしたらすっぴんと関係があるのではないかと思いたくなるコトバが「鼈(すっぽん)」だ。美肌効果があるといわれる高級食材で、スープのおいしさは格別。生き物としては臆病な性質のため、おそるおそる飛び込むときに「ドボン」ではなく「すっぽん」と間抜けな音がするのが名前の由来と聞いたことがある。

では、すっぴんの語源は何かというと、肌がスルっとしてピンと張った状態を表す「するっぴん」が変化したものである。というのはウソで、正しくは「別嬪(べっぴん)=別格の美しさをもつ姫」の対語として生まれた格調高いコトバであるらしい。漢字で書くと「素嬪(すっぴん)=素顔でも美しい姫」となる。これからはメイク美人を「べっぴんさん」、素顔美人を「すっぴんさん」と呼んでみたい。

「バレないすっぴん」を狙う人々

最近、有名人がすっぴん写真を公開するのが流行っているようだが、すっぴんとは、厳密にいえば顔に何も手を加えないことだ。素顔であることに加え、裸眼であることもすっぴんの条件とされる。この場合の裸眼とは「メガネやコンタクトを使わない自然な視力」ではなく、「黒目を大きく見せるカラーコンタクトを使わない自然な目ヂカラ」のこと。もちろん、写真を画像アプリで加工するのもNGだ。

しかし、メイク技術は総じてナチュラルに進化している。素肌っぽいファンデや、つけているのがバレない裸眼風カラコン、さらには、加工に見えないくらい自然な画像アプリだってある。「バレない」というギリギリのグレーゾーンを狙う「すっぴん風」こそが、いま最も楽しいおしゃれといえるかもしれない。校則の厳しい高校生やカタい職業の人が「絶対バレないようにカラーしてください!」って美容室でオーダーするときの、あのうれしそうな感じである。

とはいえ、こうした「おしゃれなすっぴん」の一方には、単なる「ものぐさなすっぴん」もある。テレワークやマスクの着用は、この流れを明らかに加速させた。東京都の小池百合子知事でさえ、久々にマスクなしで記者会見した際、口紅を塗り忘れたようだ。質疑応答のとき「関係ないけど、私、口紅忘れてる?……いやー、すみません。もうこのところ、全然しないんですよね」と女子トークを繰り広げて話題になった。ブラは胸への意識を高めるが、マスクは顔への意識をゆるめるのだろう。

男のすっぴんとは何か?

毎日化粧をするのは、けっこう大変なこと。すっぴんでも何も言われない男性はラクでいいよな、と私はタカをくくっていた。でも、それは間違った認識だったみたい。もしも顔への意識がゆるんだ男性が、久々にマスクなしで記者会見をしたらどうなるか。「関係ないけど、僕、ヒゲ剃るの忘れてる?……いやー、すみません。もうこのところ、全然剃らないんですよね」となるのではないか。

実際、外出自粛の期間にヒゲを伸ばしていた人(伸びてしまった人)は多かったようだ。女性のマスクの下が「すっぴん化」する間、男性のマスクの下が「ヒゲ化」していたとは! とりわけ、ふだん可愛くメイクをしているタレントのりゅうちぇるが、ワイルドな「すっぴん無精ヒゲ姿」を公開したときには、ギャップに驚いた。男性のすっぴんとは、無精ヒゲのことだったのね。メイクをしない一般の男性も、出勤前には、カミソリ負けと闘いながら「ヒゲ剃りという名のメイク」を一生懸命がんばっていることに思い至ったしだいです。

男性がヒゲ剃りにかける時間は、平均5分から10分という。中には30以上かける人もいるらしい。しかも、りゅうちぇるの場合は、ヒゲ剃りのあとに完璧なフルメイクをしているのだから、頭が下がる。りゅうちぇるは間違いなく、すっぴんさんであり、べっぴんさんである。

  • 相川藍(あいかわ・あい) 言葉家(コトバカ)。ワイン、イタリア、ランジェリー、映画館愛好家。
    疲れたときは、味覚的にも語感的にもベトナム料理に癒される。
    フォー、ブン、ミー、チャオ、ソイ、ラウ……とくにデザートのチェーは最強!