ゆたかな仮面の世界
マスクって何だろう? 広辞苑第七版によると、ひとつめの意味は「面。仮面。」である。maskという動詞には、覆う、隠す、偽る、仮装するなどの意味があり、いずれかの目的で顔にかぶるアイテムを指すわけだ。仮面ライダーや月光仮面などのヒーローを想像する人もいるだろうし、タイガーマスクなどの覆面レスラーや覆面強盗に思いを馳せる人もいるかもしれない。
2つめの意味は、衛生用品としてのマスクであり「病菌・埃(ホコリ)などを防ぐために鼻・口を覆うもの。一般にはガーゼ・不織布で作る。」と説明される。冬の季語であることに加え「マスクをかける」という地味な例文も掲載されているが、衛生用マスクに前例がないほど注目が集まっている2020年の今、この解説だけでは少々ものたりないような気もしてくる。
これらのマスク以外にも、防寒のためのフェイスマスク、安眠のためのアイマスク、耳を守るイヤーマスク、美容用のシートマスクなどがある。さらには、野球のキャッチャーマスクや審判用マスク、アイスホッケーマスク、防毒のためのガスマスク、死者の顔から型をとるデスマスク……。世の中には、プロ仕様のハードなマスクも意外と多いのだ。
どんなマスクが好きですか?
では、甘いマスクとは、どんなマスクのことか。端的にいうなら、竹内涼真や福士蒼汰や佐藤健のようなルックスのことだろう。この3人の共通点は、仮面ライダーシリーズで主演を演じた俳優であること。「昆虫のような仮面の下に、甘いマスクが隠れている」というコントラストが受けるのではないかと思う。昆虫よりもコワい顔の俳優は、変身する意味がないから、仮面ライダーにはおそらく不向きだ。
仮面の下といえば、1979年にリリースされたYMOのアルバムの中に「ビハインド・ザ・マスク」というヒット曲がある。当時のライブ映像を見たが、まったく古く感じられないことに驚くとともに、坂本龍一の控え目なボーカルと端正なマスクに酔いしれてしまった。1979年は、スギ花粉症が大流行し、衛生用マスクが普及し始めた時代でもあるらしい。
マスクをつける人が増えると、街の風景が変わる。顔の面積の大半を占めるマスクは、とても目立つのだ。だが、つける動機や目的は人それぞれだし、場所によってもレギュレーションが異なる。人前でマスクをつけるのが正しいのか、つけないのが礼儀なのか、よくわからなくなってきた今日このごろです。
マスクをして働くバービー
個人的に思うのは、つけているだけで温かく安心感のあるマスクは、愛着が湧き、手放せなくなるような感覚があること。昨今はさまざまな色や機能のマスクがあるようだし、デザイナーがつくるファッションマスクも登場。ある意味で、下着のようではないか。気がつけば、ワイヤーかノンワイヤーか、フィット感はどうかなど、ブラジャーみたいにあれこれ考えていたりするのだった。
2019年に60周年を迎えたファッションドール、バービーの公式ブックを眺めていたら、マスクをしたおしゃれなバービーがいるのを見つけた。1973年に発売された「外科医のバービー」である。ひざ上丈のブルーのドクターコートにブルーの手術帽、かなり大きめなブルーの手術マスクというスタイル。聴診器と白い靴以外はすべてブルーで統一されているせいか、ストイックな印象で、ほかのどのバービーよりも真剣に仕事と向き合っているように見える。
ちなみに歯科医のバービーは白いマスク、フェンシング選手のバービーは防具マスク、スキューバーダイバーのバービーは水中マスク、養蜂家のバービーは蜂から身を守るフェイスマスク付きの帽子をかぶっている。バービーは多様性を表現した人形だから、人種や体型、職業のバリエーションが実にゆたかだし、いつだって、とびきりおしゃれなのだ。はっきり言って憧れる。ノーメイクを隠すためにマスクをしている最近の自分を、大いに反省したい。
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相川藍(あいかわ・あい)
言葉家(コトバカ)。ワイン、イタリア、ランジェリー、映画愛好家。
好きなイタリア語は「スプーニャ(=スポンジ)」。ずぶ濡れになることを「スプーニャになる」といい、浴びるほど酒を飲むことを「スプーニャのように飲む」という。
からだをスポンジにたとえるなんてカワイイ。