今月のコトバ「胸熱(ムネアツ)」

文/相川藍(あいかわ・あい)
イラスト/白浜美千代

今月のコトバ「胸熱(ムネアツ)」

胸アツはさめにくい

胸熱(ムネアツ)とは、胸が熱くなること。感動がこみあげてきて、胸がじいんとする状態を表す。「胸アツ」「ムネアツ」とも表記されるが、胸板が厚い人のことではない。2010年、ネット流行語大賞の10位にランクインした後、一過性の流行で終わることなく使われている。

類語としては、1980年代に出現し、定着への道をたどった先輩格の「胸キュン」がある。胸が締め付けられるような一瞬のときめきを表す「胸キュン」に対し、しびれるような熱が持続するのが「胸アツ」の特長だ。使用シーンも異なり、女子の恋愛初期に使われることの多い「胸キュン」に対し、「胸アツ」は性別を問わず、友情やビジネスなどにも広く使えるコトバといえるだろう。

胸キュンは、その瞬間をとらえるのが難しく、「胸キュンです!」と口にしたときには、既にときめきは終わっているかもしれない。だが、胸アツは、じっくりかみしめたあとに「胸アツです!」と言っても大丈夫。焦らずに、熱の余韻を余すところなく味わいつくしたいものだ。個人的にも思い入れのあるコトバなので、今回取り上げることができて胸アツである。

カラダ+形容詞を4音で

胸アツの魅力は、熱さがポジティブなことである。「胸を焦がす」になれば、切なさや苦しさを伴うし、「胸焼け」となってしまえば、もはや不快感でしかない。くれぐれも燃え上がり過ぎることのないよう、胸アツの温度管理には十分注意したい。

その点、胸アツの仲間だと思われてもおかしくない「肉厚(ニクアツ)」は、ただ肉が厚いという意味だから、温度は関係ない。しかし、改めて発音してみると、こちらもなかなか味わい深いものがある。「肉厚なしいたけ」「肉厚な葉っぱ」「肉厚なメロン」など、肉ではない植物性の質感表現をするときに、本領を発揮するコトバだと思う。

胸アツや肉アツのように、「からだ+形容詞」の構造をもち、4音に短縮された熟語は意外とたくさんある。骨太(ホネブト)、鼻高(ハナタカ)、足長(アシナガ)、腹黒(ハラグロ)、顔黒(ガングロ)、尻軽(シリガル)などのほか、新しめのコトバでは「フッ軽(フッカル)」。フットワークが軽いという意味だが、カタカナと漢字を強引にくっつけたアクロバット感は、まさにフットワークの軽さそのものである。

映画館はライブ会場

胸アツというコトバが広まるきっかけになったのは、映画『ボヘミアン・ラプソディ』の「胸アツ応援上映」ではないだろうか。『アナと雪の女王』のときは「みんなで歌おう上映」が流行り、『バーフバリ』のときは「絶叫上映会」という名称だったが、要するに、手拍子や拍手、発声、コスプレなどが許される特別上映のことだ。

私も映画館で、立ち上がってよし、踊ってよしのライブ上映を観たことがある。『ボヘミアン・ラプソディ』のラスト20分のような、大規模な野外ライブを収録した映像で、もちろん座って鑑賞している人などいない。売店のビールも売れまくり、まるでその場にいるかのような盛り上がりだった。涼しい映画館の中で、胸アツなフェス体験ができたのである。

つい先週も、映画はライブなんだと感じる経験をした。タランティーノの新作『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』を観ていたら、半分を過ぎたくらいのところで突然、映像が途切れたのだ。機材トラブルとのことで、何度か復旧が試みられたが、結局上映は中止に。だが、満席の劇場で、怒っている人は誰もいないように見えた。「タランティーノの演出、さすが斬新だね」なんて声もあり、みんなハプニングを楽しんでいるかのよう。その後、払い戻しに加え、無料鑑賞券が配布されるという神対応も胸アツであった。気持ちがさめないうちに、もう1回観に行かなくちゃ。

相川藍(あいかわ・あい) 言葉家(コトバカ)。ワイン、イタリア、ランジェリー、映画愛好家。
好きなイタリア語は「スプーニャ(=スポンジ)」。ずぶ濡れになることを「スプーニャになる」といい、浴びるほど酒を飲むことを「スプーニャのように飲む」という。
からだをスポンジにたとえるなんてカワイイ。