今月のコトバ「半端(ハンパ)ない」

文/相川藍(あいかわ・あい)
イラスト/白浜美千代

今月のコトバ「半端(ハンパ)ない」

ロッカールームから生まれた流行語

時代の変化とともにコトバは変わり、新しいコトバが次々と生まれる。流行語や俗語は、ファッションやスポーツなど、からだに近い分野の現場から生まれ、気の置けない会話を通して広まることも多い。

「半端ない」は、今年のFIFAワールドカップの日本初戦で、逆転ゴールを決めた大迫選手を形容するコトバとして話題になった。もともとは、2009年、全国高校サッカー選手権大会で、大迫のチームに敗れたライバル校の主将が「大迫半端ないって!」とロッカールームで泣きながら賞賛したインタビュー映像に由来する。

「半端ではない(=ものすごい)」を略した「半端ない」というコトバ自体は、2009年以前から使われていたが、普及したのはここ数年だと思う。今回このような形で注目されたことで、一般語としてほぼ定着したかというところだ。私自身は3年くらい前から違和感がなくなり、このコラムでも「ボディスーツ」の回に「お得感もハンパない」、「着やせ」の回に「着やせ効果はハンパなく」と調子に乗って使ってきた。

今年10年ぶりに改訂された広辞苑にも、「半端無い」は採用されている。この先、さらなる略語である「パない」「パねぇ」が掲載されるかどうかは微妙なところだが。

半端だって愛おしい

「半端」とは「数・量がそろわないこと」「どちらともつかないこと」「することに抜かりがあるさま」という意味。「半端な布」「中途半端な気持ち」「半端者」のように使われる。一方「半端ない」といえば半端の否定であり、「完全」「完璧」「唯一無二」のイメージに近付くというわけだ。

「半端ない」は「ヤバイ」によく似ており、ポジティブにもネガティブにも使われる。「大迫半端ない!」は賞賛だが、「この暑さ半端ない!」といえば不快感の表明になる。「眠さが半端ない」「食欲が半端ない」などは、コントロール不能な本能を嘆きつつ、どこか楽しんでいるようにも聞こえてしまう。

「半端ない」のパワーはすごいけれど、「半端」だって愛おしい。半端な時間は忙しい日々に心の余裕を与えてくれるし、半端な布を使って美しいパッチワーク・キルトやちりめん細工をつくり上げる人もいる。白黒つかない中途半端な気持ちも、人間らしくていいじゃないか。

「ワコールの歴史」をひもといてみると、第一号のブラジャーが誕生した1950年に、こんな記述があった。「衣料品はまだ政府の統制下にあったため、材料となる布の仕入れに苦労し、反物の端切れを買い集めて縫製しました」。戦後のブラジャーの歴史が、端切れから始まったなんて、素敵なエピソードだ。

清清しかったワールドカップ

今年のFIFAワールドカップでは、初戦で話題になった「半端ない」のほか、日本がベスト8をかけた戦いに敗れた後、注目されたコトバがある。本田選手がインタビューに答えた際の「きよきよしい」である。

「今はすごく......何て言うんですかね......きよきよしいというか。すごく自分の中では、気持ちの切り替えができている部分があります」。彼は、じっくり時間をかけて「きよきよしい」というコトバを選んだように見えたので、重みが増した。清清しい(すがすがしい)の誤読と片付けてしまうのは惜しかった。

しかし本人はツイッターで「お恥ずかしい。漢字が苦手で。でも、もうしっかり覚えました」と爽やかにツイート。加えて後日、長谷部選手が「もう日本語を変えちゃったらいいんじゃないですか。それが正しい日本語っていうことで」とフォローした発言も、愛とユーモアにあふれ、半端なく清清しかったです!

相川藍(あいかわ・あい) 言葉家(コトバカ)。ワイン、イタリア、ランジェリー、映画愛好家。
好きなネット用語は「パンくずリスト」。自分が今どこにいるのかを示す階層表示のことだが、ヘンゼルとグレーテルが森で迷子にならないよう通り道にパンくずを置いていったエピソードに由来すると知り、キュンとした。