今月のコトバ「しどけない」
文/相川藍(あいかわ・あい)
イラスト/白浜美千代
妄想をかきたてる形容詞
しどけない。セクシーな言葉はあまたあれど、これほど妄想をかきたてる形容詞はない。意味よりも前に心を奪われ、文字面を追うだけで筋肉がゆるむ。「しどけない」の母は「あられもない」で、父は「そっけない」、2人の妹たちは「あどけない」と「いたいけない」であるに違いないと私は考えていたが、『大辞泉』(小学館)によると、しどけないには3つの意味がある。
1.服装や髪が乱れていて、だらしがない。むぞうさで、しまりがない。
2.うちとけた感じで、つくろわない。乱雑であるが、親しみを覚えて好ましい。
3.幼くて頼りない。分別が足りない。
あれ? セクシーなニュアンスはないし、どちらかというとネガティブ? だけどポジティブに解釈すれば「心を許した相手に見せる無防備さの魅力」ってことになるか。悪くないじゃない。自然体でワイルド、しかも可愛げがあるということだ。
ふだん着の脱力セクシー
語源については「為途無(シドナシ)」「支度気無(シタクケナシ)」など、いろいろな説がある。いいなと思ったのは『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)の「支度(シ)+解(トケ)+甚し(ナシ)」。身支度が解けた姿がはなはだしいという意味だ。着衣がハラリとはだけ、ドキッとさせる状況を想像させ、とても味わい深い。
要するに、しどけないは、スキのない勝負下着のセクシーではなく、ふだん着のセクシーなのだ。セクシーキャラでなくても狙える、脱力セクシー。手持ちの服や下着で、今すぐ試してみる価値はあるかもしれない。
例文として多くの辞書に採用されているのが、源氏物語の「御直衣、帯しどけなく、うち乱れ給へる(くつろいで衣服を着崩された姿のままで)」だ。なんと色っぽい表現でしょう。直衣(のうし)は男子の日常着。着崩しているのは、もちろん光源氏である。
「エロい」で女は落とせない
最近、エロいという言葉が氾濫している。エロティックからきた俗語だけど、まったくもってセクシーじゃないと思う。ビッチの意味だけでなく、普通に色っぽい意味にも使われているが「キミ、エロいね」と口説かれても女性はうれしくないだろう。恋愛に発展する可能性も低いはずだ。「エロいね」の先には「チューしよう」「エッチしよう」があるだけだし。女性には、美しくていねいな言葉で誘いをかけないと、しどけない姿はお見せできませんわよ。
しどけないは古語だと思われているふしもあるが、使われているのは源氏物語だけではない。1979年にリリースされた2つの曲『Sleeping Lady』(南佳孝)と『ムーディー・ウーマン』(桑名正博)に、この形容詞が出てくるのだ。作詞はどちらも、日本を代表するヒットメーカー松本隆。ちなみに1979年の流行語は「ダサい」「ナウい」などで、そんな時代に「しどけない」をさらりと使ってしまうセンス、見習いたい。
1979年といえば、ワコールのフロントホックブラが前年に続きヒットし、話題になった年でもある。『ワコール50年史』によると、当時のデザイン担当者は「前でホックを留めるときのしぐさに、それまでにない女性のセクシーな魅力を想像しながらつくった」というではないか。も、もしかしてそれは、しどけないしぐさの魅力ということですか?と、一度走り出した妄想はとまらない。
相川藍(あいかわ・あい)
言葉家(コトバカ)。ランジェリー、映画愛好家。最近いいなと思ったのは、映画「暗くなるまでこの恋を」で妻(カトリーヌ・ドヌーブ)の裏切りに気づいた夫(ジャン=ポール・ベルモンド)が、彼女の下着を次々と暖炉で燃やすシーン。