2022年3月3日。ワコール主催の「からだ文化研究プロジェクト」の中間報告となるシンポジウムが開催されました。1年前から始まったこのプロジェクトは、複数の大学・研究機関や企業と共同で進めるオープンイノベーション(※)であり、「美しい佇まい」を研究・具体化していく場。6つのグループが進めている研究内容と今後の展望に、注目が集まりました。
※オープンイノベーションとは/企業内部と外部のアイデア・技術を組み合わせることで、新しい価値をつくり出すイノベーション手法。共同プロジェクト。
この日のシンポジウムは、東京青山・スパイラルホールと、全国各地の研究者をオンラインで結んで実施。同時に、160名の視聴者がライブ配信を通じて聴講したりチャットでも参加しました。
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「美しさ」の基準が変化している
「今どきの美しさはひとつの指標ではなく、人それぞれに美しさがある」と冒頭で語ったのは、ワコール代表取締役社長 伊東知康。また、ワコール人間科学研究所 主席研究員 岸本泰蔵からは、そうした美の変化をふまえつつ「からだを整えることは、自分と社会の関係を良好にする」「人間科学研究所のデータの蓄積、日本文化や伝統を科学することで、そのメソッドが見えてくる」といったプロジェクト全体の指針を伝えました。
「健康的に生きる」ための美しさを目標に
6つの研究グループの発表の前に、基調講演として山中俊治先生(東京大学教授/デザインエンジニア)が登壇。テーマは「たたずまいとふるまいをデザインする」。これまでデザインを手がけた数々の作品――キッチンツールからカメラ、家電や椅子、自動改札機、さらには電車や車、義足などまで!――を紹介しつつ、美しいものやデザインは人の意識をも変えると解説。ここで出てきた「意識」は、この後の研究発表でも、たびたび使われることとなります。
そしていよいよ、「美しい佇まい」の各研究グループからの成果発表。先陣を切ったのは、京都からオンライン参加の建内宏重先生(京都大学准教授)で、テーマは「動きで身体を整える」。
阪田真己子先生(同志社大学教授)からは、「意識」することで動作に違いが出るという研究結果を発表。開発中の「理想の自分/なりたい自分」に近づくためのプログラムには、大きな期待が集まるところ。田中ゆり先生(東京藝術大学専門研究員)からの発表は、「動きのシナジー研究」。からだのクセを取り除き、筋の協調性を整える研究が進んでいて、「健やかに生きられる動きの美しさ」をゴールにすえています。
各研究のデータ統合も進行中
「呼吸とマインドの研究」を発表したのは、高橋康輝先生(東京有明医療大学准教授)。「不安や悲しみ・恐れといった感情は呼吸を早く・浅くし、落ち着いた気持ちは深い呼吸につながる」。理想の呼吸と心の持ちようは、日常生活にも直結する話題です。
続いての発表は、2021年から「からだ文化プロジェクト」全体の研究統括コーディネーターを行なっている對馬淑亮先生(国立研究開発法人情報通信研究機構 主任研究員)。各研究グループが集めたデータから、「からだデータベース(DB)」をつくる構想を発表。これまで蓄積してきたからだの計測データや映像などまで、膨大なデータがひとつにまとまり、私たちの衣食住に役立てられる日も近そうです。
松田朋春氏(ワコールアートセンター・シニアプランナー)と坂本晶子(ワコール人間科学研究所 主席研究員)からは、「ボディケアツーリズム」について。すでに紹介された各研究メソッドを使い、温泉地などのツーリズムとも連携させるというプログラム。道後温泉では実証実験が行われ(こちらのページで)、これを改良しながら今後全国各地での展開を見込んでいます。
どの研究も、美しさを型にはめるのではなく、ひとりひとりが「なりたい自分に近づくこと」「自分に自信をもてること」をゴールにすえて、そのための「きれいな動作」を研究しているのが特徴です。この研究成果が、どんなサービスや商品となってお披露目されるのか。それは2022年秋以降のお楽しみです。
この日の最後のプログラムは、「からだ文化市場の共創」をテーマにしたパネルディスカッション。パネラーからはオープンイノベーションの実績や効用などが語られ、「フットワーク軽く実装できることが大事」「各企業の強みをいかに活かせるか」など、率直な意見が交わされました。さらには、「人間拡張技術で安心で豊かな人生に貢献する(京セラ)」「独自のソリューションで未来のヒト市場へ備える(村田製作所)」「自分らしい健康美を実現する(資生堂)」(いずれも一部抜粋)など各企業の理念も語られ、そうした思いが「からだ文化研究」にどう寄与するか、期待が高まりました。
2022年秋からは、京都での実証実験もスタートします
今井 浩(ワコール人間科学研究所長)
「なりたい自分に近づくこと」「自分に自信をもつこと」。これには「イメージすること」がとても大事です。が、そのイメージは習慣化されないことには、身につきません。そこを、手助けするのがこのプロジェクトだと思っています。
2022年秋以降は、診断や動作、運動、食事、さらに文化体験などを総合的に組み合わせた、新たな実証実験が京都で始まります。これをさまざまな場所に広げながら、文化と科学の新しい市場をつくっていく。それが、「からだ文化研究プロジェクト」の将来像です。
自分のなりたいイメージを意識すると、動作も変わってくる。周囲の対応も、おのずと変わって、自分に自信もつく。そんないい循環がつくれたら。そして事務局としては、大学から企業まで参画する仲間を増やし、新たな文化市場づくりを加速させていきたい。立場や研究内容は違っても、目指すものがひとつなら、勢いをもって進んでいくと確信しています。
*プロジェクトに関するお問い合わせは
株式会社ワコール 人間科学研究所内「からだ文化研究プロジェクト事務局」
(担当:岸本 ta-kisim@wacoal.co.jp)
取材・文/ワコールボディブック編集部
デザイン/WATARIGRAPHIC