骨は日々生まれ変わっている?!

特集/ヒップの秘密

先生/宮永美知代(東京藝術大学美術学部助教)
取材・文/大庭典子(ライター)

骨は日々生まれ変わっている?!

人間のおしりはとても表情豊か

前回、結合組織がゆるんでしまうことによって、おしりの境目がなくなってしまったり、下垂が起きたり、丸みを失って四角くなってしまったり...と、形がくずれてしまうことがわかりました。引き続き宮永先生にご登場いただき、おしりの形について、詳しくお伺いしました。

「美しいおしりについて考えたときに共通するのは"丸みがあること"です。イメージとしては半球状の形。ただし、大きさについては"これくらいが美しい"と決めることはできません。

人それぞれの体型や体格によってのバランスがありますし、"小さいほうがカッコいい"人、"大きいほうが色気がある"人など、それぞれに合ったものでもありますし、好みもあるでしょう。スキニーパンツやスポーティなファッションなら小さいおしりのほうが似合ったり、ヒップハングのパンツならある程度大きさがあったほうがいい、などファッションによっても変わってきますね。

前回、おしりはとても人間らしい部位であるとお伝えしましたが、人間のおしりはひとりひとりに個性があって、表情も豊かです。おしりと腰の間にあるくぼみ、通称"ヴィーナスのえくぼ"がある方など、光の加減で背面の絶妙なアクセントになり魅力的です。

絵画で私が好きな美しいおしりを挙げるなら、18世紀の後半にドミニク・アングルによって描かれた『グランド・オダリスク』(ルーブル美術館)でしょうか。下半身はゆったりと横たわった裸婦が、上半身は婉然と振り返っている作品です。そのおしりはすべすべと冷たく、つるんとした質感が伝わってきて、まるで白磁のよう。思わず触れたくなる美しさです(笑)。こちらを見る眼差しから、背中、そしておしりにたどり着くまでの、胴のゆったりとした長い曲線もそこからつながるおしりの美しさを際立たせているのかもしれませんね。

でもこの上半身の起立状態と下半身の横臥(おうが)状態が見事に融合した体勢は、現実には不可能です。あたかも目の前の裸婦を描いているように見えて、実は画家の理想が盛り込まれ、現実にはあり得ないほど胴長にデフォルメされているのです。それに気がつかずに見る私たちは、見事に画家の術中にはまっているのですね。

美しいおしりの大きさに絶対条件はなく、この大きさがベストという正解のないものですから、まずは、自分のおしりの形や大きさに愛着をもつことがとても大事です。自分のからだや形を愛する意識をもつことは"美しいからだ"をつくるうえで欠かせないことです。

愛着をもって自らのおしりを眺めたうえで「もうちょっとこうだったらな」と理想を描き、エクササイズをするなど近づく努力をしていくのがいいでしょう。

骨は大人になってからも変化する

私がかつて教えていた学生さんの話です。両手で頬杖をつきながら机に向かうクセが昔からずっとあったそうで、長年同じ体勢を取っているうちに、いつしか顎(あご)の両側がくぼんだようになっていました。

頬杖は、手で顎を支えている姿勢なのですが、別の言い方をすれば、頭の重さ分の力が常に顎にかかっているということです。いつでもどこでも頬杖をつくことでは、それが常態化するので、徐々に骨は動きます。歯並びも悪くなることも指摘されています。それで、「頬杖はやめたほうがいいですよ」と注意し、数年後に会ったときには、以前に比べてずっとふっくらとした頬に戻っていました。

身長は伸び止まったし、"成長期以降は骨の形は変わらない"と漠然と思っている人が多いように思いますが、それは大きな誤解です。骨をつくる"骨芽細胞(こつがさいぼう)"と骨を壊す"破骨細胞(はこつさいぼう)"は日々骨を置き換えていますから、私たちが生きている限り、骨は常に生まれ変わっています。ですから、日々の習慣こそ、おろそかにしてはいけないのですね。

クセや仕事の姿勢で長時間同じ体勢を続けることで、からだがどう変化していくのか、部位によってどう違うのか、長期にわたる研究を待たねばなりませんが、さきほどの頬杖の例にもあるように、骨に大きく影響を与えるものだと思います。

座る姿勢を整えるとき、背と背もたれとの間に握り拳ひとつ分くらいのスペースができるように、座ることを意識してみてください。これは腰椎の前弯(ぜんわん)を意識するためです。腰椎の前弯とは腰の緩やかに前突したカーブのこと。日本人のおしりは、前後径が平らで薄型扁平が多いのですが、これは腰椎の前弯、後弯など脊柱S字状カーブ(S字曲線)が保たれているかどうかも大いに関係しています。

アフリカ人や欧米人にキュッと上がった豊かなヒップが多いのは、ベースとなる筋肉量の多さもさることながら、腰椎の前弯のカーブがしっかりとあるからです。一般的に日本人は腰がまっすぐで、前弯のカーブが小さい方が多いですが、悪い姿勢でいることによって、さらにカーブの弯曲がなくなり背中とおしりが平らになってしまうとしたら...。長年の積み重ねは大事なこと。背筋を正すことを意識して、損はありません。

かといって、よい姿勢をずっととり続けるのも疲れることです。私たち人類も動物のひとつの種です。動物は「うごくもの」。ずっと同じ姿勢で固まっているのは、筋の緊張状態が続き、コリができ、結果、作業効率も落ちてしまいます。座り姿勢は基本的に腰椎に負荷がかかっていますので、思い出したときによい姿勢をとり直して、そのフォームを忘れないようにからだに刻むのがいい習慣となるでしょう。ぜひ今日から実践してみてくださいね」

座り姿勢が長いと、だんだん背中が丸まり、腰椎の前弯のカーブを保てなくなってしまいます。おしりのためにも今日から10分~15分に一度は、姿勢を正すことを習慣にしましょう。毎日生まれ変わる骨に少しでもいい習慣を身につけて、美しいおしりを手に入れたいですね。
宮永美知代

宮永美知代 東京藝術大学美術学部助教。医学博士。美術解剖学会、日本顔学会理事。
女子美術大学で日本画を専攻し卒業後、東京芸術大学大学院美術研究科修了。東京大学理学部人類学教室研究生を経て、その後、東邦大学医学部で医学博士を取得。現在は、東京藝術大学大学院美術教育研究室、学部専門教育科目・美術解剖学で教鞭をとる傍ら、全国各地の大学で講義を行っている。著書に『美女の骨格』(青春出版社)や『生体機能論』(南山堂)、『動物デッサンの基本』(ナツメ社)、監修・翻訳に『アーティストのための美術解剖学』(マール社)など。

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