ヒップのエイジングの「なぜ?」に迫る!

特集/ヒップの秘密

先生/宮永美知代(東京藝術大学美術学部助教)
取材・文/大庭典子(ライター)

ヒップのエイジングの「なぜ」に迫る!

ヒップを覆う大きな筋肉とは?!

おしりの幅や奥行きの土台となる骨盤。特に女性骨盤がいかに機能形態として優れているかについて前回学びましたが、今回はおしりの筋肉について検証します。また、丸みが崩れてしまったり、下垂が起きたり、女性を悩ませるおしりのエイジングについても詳しくお伺いしました。再び、東京芸術大学美術学部助教・宮永美知代先生にご登場いただきます。

「おしりの筋肉において、そのベースとなっているのは、おしりの大きな筋肉と書く"大殿筋(だいでんきん)"です。下の図を見てください。 大殿筋 大殿筋は腸骨稜(ちょうこつりょう:骨盤の縁)の後方、仙骨(せんこつ)、尾骨(びこつ)、から起こり、骨盤の背面を覆うように大腿骨(だいたいこつ:太ももの骨)に向かって走行し、大腿骨の大転子(だいてんし:付け根の外側の出っ張り)に付着しています。また一部は、太ももの外側から膝の外側に向かって伸びる腸径靭帯(ちょうけいじんたい)にも付着します。腸径靭帯は大腿の筋を包む膜全体を引き締めています。

おしりの土台を形成する筋肉、大殿筋の働きは、骨盤の位置を固定し、姿勢を支え、歩く、走るときなど股関節で後ろに引く動作を行います。階段をのぼるときにからだ全体の体重を引き上げることなども大殿筋の働きです。人間のロコモーション(移動力)の重要な役割を担っている大きな筋肉と言えます。

おしりと太ももの境目が...なくなった! 原因は何!?

イヌやネコなど、四足で歩く動物は、中殿筋がよく発達し、大殿筋はそれほど発達していません。後ろ姿を思い出してみてください。動物たちのおしりはしょぼんとした印象で(笑)、盛り上がりがありません。人間は、二足直立姿勢をとることで、股関節で下肢を後ろに引きつけ、強い力で引っ張る力が必要となりました。その姿勢や運動を支える筋肉が大殿筋なのです。強大となった大殿筋、このことからも、大きなおしりは、実はとても人間らしいフォルムなのだとも言えます。

大殿筋がいちばん発達するのは、思春期です。女性の骨盤の形が変化する10歳ごろから成人となる間、骨盤とともに、筋肉も成長しているのです。前回丈夫な骨盤、美しいヒップをつくるためにも、成長期に栄養のある食事が必要だとお話ししましたが、同様に運動もまた大切な要素です。

では、成人になってしまったら、それ以上筋肉は発達しないのかというと、もちろんそんなことはありません。確かに、筋の繊維の数は、成長完了後に増えないと言われていますが、"筋繊維を太くする"ことはできるので、トレーニングによって鍛え、筋力をアップさせることが可能なのです。

放っておけば、年齢とともに大殿筋も衰えてきます。その結果おしりの土台となるボリュームも減り、下垂が起こります。先ほども申し上げたとおり、大殿筋は、股関節を後ろに引く働きがあります。階段を昇ったり、脚を持続的に後ろに引く動作で大殿筋に負荷をかけることは、ヒップアップにダイレクトにつながるはずですよ。

ちなみに...階段を"降りる"動作は、筋量アップには効果がないと言われているのですが、衝撃や振動は"骨"には効果的です。ですから、筋肉、骨、双方のトレーニングに、階段の昇り降りは有効でしょう。

おしりという部位をさらに詳しく見てみると、大殿筋の上に3〜4cmの厚い脂肪が乗っています。さて、ここで質問です。どうして、おしりの脂肪は、大腿部の部位の脂肪と一体化せず、丸い球形を保っているのでしょうか?

それは、"結合組織"とその下層とでおしりの脂肪を支えているからです。結合組織は、からだの形を保持したり、各組織のすき間を埋めたりする繊維に富んだ組織のことです。この結合組織が、おしりの下部と太ももの間にある"殿溝(でんこう)"の部分に強い"綴じ込み"をつくって、大殿筋の筋膜にしっかり付着し、おしりと太ももを分け、おしりの丸さを生み出したりしているのです。

思春期のころは、少年少女ともに深い殿溝があり、半球型の美しいおしりを形成していますが、年とともに積年の重力によって、結合組織はゆるんでいきます。結合組織がゆるむと、脂肪が落ちるのを支えられず、おしりの境目がわからなくなったり、あるいは、殿溝の3分2くらいがなくなってしまったりと、"綴じ込む力"も弱まり、下垂につながってしまいます。

おしりのエイジングによる形の変化は、骨格では小さいように見えますが、運動不足で筋肉の量が減ったり、結合組織がゆるむことによって加齢とともに徐々に進んでしまいます。残念ながら、結合組織も一度ゆるんでしまうと元には戻りません。筋肉を鍛えて、ベースとなるボリュームを維持することが大切です。

是非今日からでも、エレベーターに乗る回数を減らし、階段を使うなど、ヒップアップを図ってみてはいかがでしょうか」

バストの回でもよく聞いた言葉、結合組織。ヒップにおいても、若々しさや美しい形を保つのに重要な働きをしていたのですね。結合組織の時間を巻き戻すことは難しいならば、今ある殿溝を大切にして(笑)、おしりの筋力アップを図りたいですね。
宮永美知代

宮永美知代 東京藝術大学美術学部助教。医学博士。美術解剖学会、日本顔学会理事。
女子美術大学で日本画を専攻し卒業後、東京芸術大学大学院美術研究科修了。東京大学理学部人類学教室研究生を経て、その後、東邦大学医学部で医学博士を取得。現在は、東京藝術大学大学院美術教育研究室、学部専門教育科目・美術解剖学で教鞭をとる傍ら、全国各地の大学で講義を行っている。著書に『美女の骨格』(青春出版社)や『生体機能論』(南山堂)、『動物デッサンの基本』(ナツメ社)、監修・翻訳に『アーティストのための美術解剖学』(マール社)など。

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