何をととのえるべきか?
「整う」とは、欠けることなく揃い、きちんとまとまった状態や形になること。新年の幕開けにふさわしい、ビシッとした動詞である。「整」という几帳面な漢字を眺めているだけで、乱れたこころが整うような気がするから不思議。ちなみに「乱」という漢字のつくりは「みだれた糸の端」を表しているそうで、こんなことを知ってしまうと、糸の垂れ下がったこの漢字のゆるさも、愛おしく見えてしまう。
さて、今年は何を整えようか? 「整う」の用例をランダムに拾ってみると、整えるべきものは実にたくさんあることがわかる。からだ、こころ、メンタル、体調、コンディション、腸内環境、呼吸、自律神経、免疫力、骨盤、肌、全身のバランス、身だしなみ、見た目、生活リズム、環境、暮らし、人生……。どこから手をつけたらいいものか、早くもこころが入り乱れてしまう。
「整う」は「調う」と書かれることもある。味が調う、縁談が調う、商談が調う、材料が調う、支度が調うなど、必要なものが揃ったり、話がうまくまとまったりするときに「調」が使われるようだ。「整う」は主に形がバランスよく決まることで、「調う」は内容がバランスよく決まることなのか。サウナ用語の「ととのう」には両方の意味が含まれているため、ひらがなが使われるらしい。
サウナでととのう人々
「ととのう」という言葉は、実際、サウナの流行とともに広まったといっても過言ではない。サウナ経験の乏しい自分も、そろそろ「ととのう」をちゃんと経験してみたいなと思う。最近サウナにハマっているサウナー男子に「サウナって、ととのうの?」と漠然と聞いてみたところ「うん、ととのう。すべてをゆるせる気持ちになる」と、実に気持ちのいい返事がもどってきたからである。
具体的には、サウナの後に水風呂に入ることで「最高にスッキリとした解脱状態」に仕上がるのだとか。ととのえるべき多くのものが一挙にととのいそうでもあり、試してみる価値はありそう。サウナといえば、おじさんの社交場のような印象をもっていたが、今は完全個室のソロサウナなるものがあり、今年のガールズカルチャーとして注目されているとも聞く。
だが、サウナー男子のパートナー女子は、サウナにはまるで興味がないという。彼女は感情の振れ幅が大きい人らしいが、それを聞いて「ととのった人と、ととのっていない人のカップルっていいな」と思った。2人ともととのっていたら、それぞれが個人で完結してしまい、一緒にいる必要がないのでは? 結論としては、パートナーがととのった状態でいてくれるのが、もっとも理想的なのではないかと思った次第。もつべきものは、サウナー彼氏だ! まあ、こういうのを他力本願というのだろうけど。
ととのえる喜びのために
ととのえることで最終的にたどり着く「ととのった人生」とは、どんなものだろう。つつがなく穏やかで、過不足なくバランスがとれた毎日……。刺激に満ちたドラマチックな人生を求める人には物足りないだろうが、私自身は「10億円が当たったらどうしよう」と考えると怖くなり、宝くじすら買うことができない小心者だから問題ない。ぜひ、ととのった人生を目指したい。
周囲には、もちろん刺激を好む人もいる。彼らの多くは上昇志向で、乱れをととのえるプロセスに喜びを感じる体質みたいだ。ある中小企業の社長は「社員が毎日、いろんな問題を次々と起こすから大変だよ」と言うが、楽しくてたまらないという様子なのだ。なるほど、社長の器とはこういうものか。ビジネスの本質とは、何かを整えたり、調えたりすることなのかもしれない。
考えてみれば、私も文章をととのえるのは好きだ。わかりにくい文章を整理し、冗長な文章をすっきりさせる作業は、自分の文であれ他人の文であれ、飽きることがなく幸せである。だって文章は、いざとなれば瞬時に元に戻すことができるから。頼りにしているのは、文書を自動保存し、いつでも好きな過去に戻れるMacのバックアップ機能「タイムマシン」。筋金入りの小心者としては、何はなくとも、ハードディスクの状態だけはととのえておきたい。
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相川藍(あいかわ・あい)
言葉家(コトバカ)。ワイン、イタリア、ランジェリー、映画館愛好家。
疲れたときは、味覚的にも語感的にもベトナム料理に癒される。
フォー、ブン、ミー、チャオ、ソイ、ラウ……とくにデザートのチェーは最強!