今月のコトバ「匂わせ」

文/相川藍(あいかわ・あい)
イラスト/白浜美千代
今月のコトバ「匂わせ」

どうやって匂わせるか

「匂わせる」は、「よい匂いをさせる」という意味。その方法はわりと簡単で、ドルチェ&ガッバーナの香水などをつけて、魅力的な香りをふりまけばいい。しかし「匂わせる」には、実はもうひとつの意味がある。「それとなくわからせたり、ほのめかしたりする」という意味で、この場合は、遠回しな言い方や微妙な表情、いつもと少しだけ違う態度などで周囲にアピールしなければいけない。かなり難易度が高いといえよう。

辞書を引くと、「辞任の意向を匂わせる」「彼はいつも自分が次のマネージャーになるのだと匂わせている」などの例文があった。はたして辞任の意向というのは、どうやって匂わせるのだろう。また、彼はどんな態度や表情で、自分が次のマネージャーになることを匂わせているのだろう。本人は匂わせているつもりでも、匂わせたい相手にちゃんと伝わっているのか、他人ごとながら心配になる。この際、「辞任したい!」「ボクがマネージャーになる!」とはっきり言ってしまったほうがいいのではないか。

もしも、よからぬことを匂わせたいときには、「臭わせる」という漢字を使うこともできる。この場合は、辞書の例文も「裏取引を臭わせる」「賄賂の必要を臭わす」など、ダークな世界に突入する。臭わされた相手は、よっぽど鈍感でない限りは「何か魂胆が臭うぞ」と察知するのではないだろうか。そんなふうに思わせる字面のインパクトである。

匂わせることは、甘えること

「匂わせる」は「匂わす」ともいい、最近は「匂わせ」という名詞形がよく使われている。SNSなどで恋人がいることをほのめかす行為を「匂わせ投稿」と言ったり、さりげなく相手の気を引くことを「匂わせアプローチ」と言ったりする。あからさまな「匂わせ」は反感や嫉妬を招くこともあるけれど、そこには「はっきり言えないけど自慢したい」「恥ずかしくて告白できないけどわかってほしい」という人間らしい願望や、子どもっぽい甘えが含まれているのだと思う。

たとえば、下着を自慢したいとき、あなたはどうするだろう。もちろん、いきなり見せるわけにもいかないという場合である。この件について最近、とても可愛い「匂わせ」を目撃したので、参考までに紹介したい。イタリアの女性映画監督、アリーチェ・ロルバケルの『天空のからだ』に登場する13歳の少女の例である。

彼女がバスルームで、18歳の姉のブラを勝手につけるシーンがある。結局、その日の夕食時、姉にバレて激しく叱責されるのだが、なぜバレたかというと、ブルーの肩ひもが見えていたから。たまたまではなく、両肩ひもがバッチリ見える服でキメていたのである。初めてブラをつけたのがうれしくて、つい自慢したくなっちゃったんだろうな。 彼女はほかにも、長い髪を自分でいきなりバッサリ切って母親を困らせるなど、思春期に特有のわかりやすい「匂わせ」を連発する。

匂わせない姉もかっこいい

一方、この映画の18歳の姉のような「匂わせない10代」もいる。彼女はいつだって、言いたいことを言いたい人にストレートに言うし、家族公認の恋人といつも一緒にいて、隠し立てをしない。妹には怒ってばかりで、もうちょっと優しくしてあげればいいのにとも思うのだが、ある公共の場で妹のウワサ話をする年配の女性に、「妹の悪口を言わないで」とビシッと抗議するのだ。かっこえー!

匂わせない強い姉としては、匂わせることで何かを一生懸命伝えようとする妹のことが心配なのだろう。妹の匂わせが「私を叱って」「私を助けて」「早く気づいて何とかして」というSOSのメッセージであることに気づいているのだろう。

オトナが「匂わせ」をする場合も、13歳の少女のように可愛くやれば、きっと愛される。辞任の意向を匂わせるときは、辞任届けをポケットから大胆にのぞかせてみたり、次のマネージャーになるのだと匂わせるときは、現マネージャーの髪型やファッションを堂々とまねしてみてはどうかな? すぐバレるようにわかりやすく、が可愛く見せるコツである。

  • 相川藍(あいかわ・あい) 言葉家(コトバカ)。ワイン、イタリア、ランジェリー、映画館愛好家。
    疲れたときは、味覚的にも語感的にもベトナム料理に癒される。
    フォー、ブン、ミー、チャオ、ソイ、ラウ……とくにデザートのチェーは最強!