今月のコトバ「ペアリング(Pairing)」

文/相川藍(あいかわ・あい)
イラスト/白浜美千代
今月のコトバ「ペアリング(Pairing)」

ペアリング男の習性

ペアリング(Pairing)とは、2つのものを組み合わせてペアにするという意味。テニスの世界では、ダブルスでペアを組むことをペアリングといい、動物園では、繁殖のためにオスとメスを交尾させることをペアリングという。目的をもったシステマチックな組み合わせの意味合いが強いので、ロマンチックな恋愛関係にはあまり使われない。ペアではめるお揃いの指輪「ペア・リング(Pair Ring)」は、うっかり類語に認定してしまいたくなるけれど。

Bluetoothのペアリングなら知っている、という人も多いだろう。BluetoothはWi-Fiと同様の無線データ通信規格のひとつで、ワイヤレスのイヤホンをスマホに接続するときなどに、互いの機器を認識させる作業をペアリングという。Wi-Fiのような長距離の複雑なネットワークではなく、距離の近い1対1の接続だからペアなのである。

「男(=Boy)はBluetoothで、女(=Woman)はWi-Fiである」という話を聞いたことがある。男は、近くにいる特定の相手とつながるが、離れると別の人を探し始める。一方、女は、つながれそうな相手をすべて見ていて、いちばん強い人とつながる、ということらしい。特定の一人と強く安定した関係を結びたい場合は、有線イヤホンをスマホにきっちり接続するタイプの人とつきあうのが、賢明かもしれない。

運命のペアをもとめて

今回、カラダのコトバとして注目したいのは、最強のダブルスペアのような、個人の身体能力を拡張するチームとしてのペアリングだ。ただし、もともと優れた2人が、ペアリングによって最強になるのは、なんだかあたりまえすぎる。むしろ1人ずつではいまひとつ力を発揮できない2人が、ペアになった途端に信じられないことを達成してしまう、そんな奇跡的なペアリングの例はないものだろうか。

『超チーム力』(ハーパーコリンズ・ジャパン)という本に、答えはあった。ペアリングについて解析した章では「人間であるということは、生涯をとおして連続・同時多発的にひたすら誰かとペアを組むということなのだ」と主張。なかでも緊急事態のときは、息の合ったペアが瞬時にできあがり、燃え盛るビルから人を助けたり、銃撃戦で互いをかばい合ったりするという。著者が米国のジャーナリストであるため、事例がややハリウッド映画くさいが、そういえば私も、渋谷駅で財布をすられたとき、たまたまその場にいあわせた女性2人が、連係して犯人を追い詰めてくれたことがあったっけ。

また、ビジネスでは、異なるスキルをもつ者どうしのペアリングがものをいうらしい。たとえば起業家と技術者、芸術家とパトロン、営業担当と制作担当。このような2人組の例はたくさんありそうだけれど、たった今、ヘナヘナしたこのコラムも、バイタリティーあふれるイラストに支えられていることに思い至った次第だ。

味覚を旅するペアリング

最近、飲食の分野でも、ペアリングというコトバをよく耳にするようになった。ワインと料理、日本茶と和菓子など、主に飲み物と食べ物の組み合わせをさし、あらかじめ各メニューにおすすめの飲み物をセットしたペアリングコースを用意しているお店もある。他種類の味の相性を試せるのは、外食ならではの楽しみといえるだろう。

個人的には、『世界のおつまみ図鑑』(マイナビ出版)という本が気に入っている。世界56の国と地域から厳選した料理が紹介され、ペアリングのお酒についても書かれている。ジョージアのシュクメルリ(鶏肉をニンニクとチーズで煮込んだ料理)にはアンバーワインなど。モンゴルのホーショール(羊肉の揚げ餃子)には地酒のアルヒなど。食べたことのない料理に地元のお酒が合うといわれても、ほとんど妄想するしかないわけだが、旅行がなかなかできない今、これが面白いのだ。

なかには想像しやすい組み合わせもある。メキシコのタコスには黒ビール。日本のおでんにはビールか日本酒か焼酎。おいしそうだけど、あんまりトキメキがないなあ。ペアリングには、どこか意外性というか、妄想の余地を求めてしまう。前述の『超チーム力』によると、一人の人間が生涯、誰かとペアを組む数は、おそらく数百に及ぶだろうとのこと。タコスとおでんにも、もっと冒険させたい。

  • 相川藍(あいかわ・あい) 言葉家(コトバカ)。ワイン、イタリア、ランジェリー、映画館愛好家。
    疲れたときは、味覚的にも語感的にもベトナム料理に癒される。
    フォー、ブン、ミー、チャオ、ソイ、ラウ……とくにデザートのチェーは最強!