今月のコトバ「バーチャル・ボディ」
文/相川藍(あいかわ・あい)
イラスト/白浜美千代
驚きのバーチャル・ボディ体験
バーチャル・ボディとは、物理的に存在するとは限らない「仮想的なカラダ」のこと。仮想現実と訳されるVR(バーチャル・リアリティ)空間において、人間の分身として表れるキャラクターは「アバター」と呼ばれるから、バーチャル・ボディは「アバターのカラダ」と言い換えてもいいかもしれない。
私は先日、青山のスパイラルで「バーチャル・ボディ体験」というべき特別な時間を過ごした。スイスのダンサーであり振付家でもあるジル・ジョバンが、新しいテクノロジーを活用した最新作『VR_I』を携えて来日したのだ。2008年の初来日のとき、スパイラルで公演されたコンテンポラリー・ダンス『TEXT TO SPEECH』がとても面白かったので、今回の新作も楽しみにしていたのである。
『VR_I』は、ダンスを取り入れた15分間のVR(バーチャル・リアリティ)作品で、一度に鑑賞できる人数は5人。観客はヘッドセットとメガネを装着し、コンピュータを背負い、さらに両手と靴の先にモーションキャプチャーのための装置をつけて8m×5mの仮想空間に入る。この空間内を自由に動きながらさまざまな現象を体験するという、きわめて没入型の作品だった。
アバターに変身した私は
広大な砂漠のVR空間では、巨人になったダンサーたちが近づいてきて、私たち5人を取り囲む。しゃがんだ彼らから至近距離で観察されるのは、蟻になったような気分でコワかった。かと思えば、公園のVR空間は深呼吸したくなる気持ちの良さで、思い思いにカラダを動かすバーチャルな人々と一緒に動きたくなる。激しく動くと視界がふらつくので、自在に踊るわけにはいかなかったけれど。
ダンサーたちは、踊りながら私たちにぶつかってきたりもして危険だが、バーチャルなのでカラダをかすめるだけ。一方、私たち5人はアバターに変身しているものの、もちろん互いに触れることはできる。バーチャルアバターとリアルアバターが同じ空間で遊んでいるというわけだ。
私たちが変身したのは、肌の色や性別が違う5人。自分の姿は見えないが、ふと下を向くと、見覚えのない靴とズボンを履いていた。手もとを見ると、チェックの半袖シャツからたくましい腕が伸びている。そばにいた美しい女性アバターに「私、もしかして男かな?」と確認したら「うん。僕はどう見える?」と不安そうに聞いてきた。ある朝目を覚ますと男女が入れ替わっているアニメーション映画『君の名は。』を体験した気分だった。
驚きのリアル・ボディ体験
その後『VR_I』の解説映像を見て、自分のアバターが、キャップをかぶりサロペットを着た白人の青年であることがわかった。あのズボンはサロペットだったのかと妙なところに感動し、全身を把握できたことでようやくほっとした。自分の顔や姿がわからない状態って、こんなにも心もとないことなのだ。しかし、わずか15分なのに、知らない国を旅したような高揚感が得られたのは驚きだし、自分の服や手足をおそるおそる確認したときの奇妙な感覚を私は忘れないだろう。VR技術は、運用する人次第でユニークな世界が構築できるのだなと感心した。
テクノロジーはどんどん進化している。ワコールは、独自の3Dボディスキャナーと接客AIを活用した新しいサービスをスタートした。5月30日、そのサービスを体験できるインナーウェアショップ「ワコール3D smart & try(スマート アンド トライ)」が東急プラザ表参道原宿にオープンするという。
私は、期間限定のポップアップショップで、この技術をひと足先に体験した。わずか5秒で全身150万箇所を計測し、その後は接客AIが、サイズや体型を踏まえてぴったりのブラなどを提案してくれる画期的なサービスで、自分のカラダの3D画像を見ることもできた。バーチャル・ボディ体験に驚いたばかりだが、自分のリアル・ボディに驚いたことも付け加えておきたい。どう驚いたかの詳細はひみつ。皆さんもぜひ、このすごい技術を体験してみてほしい。
相川藍(あいかわ・あい)
言葉家(コトバカ)。ワイン、イタリア、ランジェリー、映画愛好家。
好きなイタリア語は「スプーニャ(=スポンジ)」。ずぶ濡れになることを「スプーニャになる」といい、浴びるほど酒を飲むことを「スプーニャのように飲む」という。
からだをスポンジにたとえるなんてカワイイ。