2023.02.23

【特集】おとなの「はじめて」は楽しい#06

脳医学者が解説<後編>/「ワクワク」「幸福」が未来の健康に

脳医学者 瀧 靖之先生

脳の現状維持バイアスをうまく利用して、スモールステップで「はじめて」を習慣化させる。前編でいただいたアドバイスを踏まえながら、後編では、より具体的な「はじめて」の続け方とその効用について教えていただきましょう。

「はじめて」から考える
脳によい生活習慣

私は認知症の研究をしています。認知症は、昔は誰でも平等になるものだと言われていましたが、今では、そんなことはまったくなく、その発症のメカニズムには生活習慣が非常に大きく影響しているということがわかっています。

認知症を予防するために特に重要な生活習慣として、「運動」「好奇心」「コミュニケーション」、そして「主観的幸福感」が挙げられます。「睡眠」や「食事」ももちろん重要ですが、今回は「はじめて」というテーマに関係の深い、「運動」「好奇心」「コミュニケーション」「主観的幸福感」についてご説明します。

まず「運動」。だからと言って「よし!ジムに通おう!」と気合いを入れなくても大丈夫です。運動習慣のない人が週に何回かジムに通ってベンチプレス、なんて、ハードルが高すぎて続きません。前編でお話しましたように、スモールステップで、家の中や通勤途中といった日々の生活の中に運動を取り入れることから始めればいいんです。無理をする必要はまったくありません。

エスカレーターをなるべく使わない。歩いている時に電柱と電柱の間だけ早歩きしてみる…。そういうことを少しずつでも続けていると、太りにくくなるし、体全体に筋肉がついてもち上がってくるので見た目も若くなるはずです。

無理な運動はダメ、通勤途中の運動はOK

「再開」「リベンジ」で
始めるハードルを下げる

新しい趣味をもつことで、「好奇心」を刺激することも、脳の健康には重要です。この場合も、ハードルを下げることがポイント。おすすめなのが、「昔やっていたことを再開する」ことです。まったく未経験の0と、経験したことがある1との差は無限に大きく、一度経験したことは、たとえ時間が経っても頭の中に道ができているので、始めるハードルはぐっと下がります。

実は私も、子どもの頃に習ったきり触れてもいなかったピアノを、20数年間ぶりに始めました。最初は昔よりも100倍下手で嫌になりましたが、半年もすると、はるかにうまくなりますよ。私も今では子ども時代より100倍うまくなっています。

さらに、大人には人生経験を重ねているからこその強みがあります。それは楽しいとかワクワクすることを具体的に思い描けるということ。ピアノでいえば「この曲が弾きたい」といった明確な目標を立てられることです。子ども時代はどちらかといえば修行のようなレッスンでしたが(笑)、大人はクラシックでもJ-POPでも、好きな曲にチャレンジすればいいのですから。

脳の部位の中で、感情を司る扁桃体(へんとうたい)と、記憶に関わる海馬(かいば)は、非常に密接に関わっているとされています。楽しくやったことは、記憶に定着しやすいのです。「脳にいいから」「医者に言われたから」といった消極的な動機では、何を始めてもなかなか続きません。「楽しいから」「ワクワクするから」というポジティブな気持ちが、続けるというハードルを下げてくれるのです。

「楽しい」「ワクワク」で長続き

趣味→仲間→コミュニケーション
楽しい、の好循環をつくる

趣味を続けると、仲間ができます。これは、「コミュニケーション」につながっていくので、とてもいいことです。人と直接会話する時、私たちの脳は相手の言葉だけでなく、表情、動き、声色など、たくさんの情報を同時に処理しています。コミュニケーションが認知症リスクを下げる理由は、そこにあると考えられています。

そして、「主観的幸福感」。日々、ささやかでも幸せだと感じられることが、私たちの健康に非常に重要であることは、さまざまな研究からわかっています。

何かを始めることでワクワクし、毎日楽しくいられるだけでありがたいのに、趣味というのはそれだけにとどまらず、将来の私たちの脳の健康をより長く維持してくれ、認知症予防にもつながっていくのですから、一石二鳥ならぬ一石三鳥、四鳥、五鳥ですよね。

大事なのは「主観的幸福感」

ぜひみなさんも、この記事を読み終わったらすぐ、何かを始めてみましょう。それがたとえ続かなかったとしても、未経験の0を経験済みの1にしただけでも、またいつかやり始める時のハードルを下げたわけですから、すごく大きな意味があります。「何を始めても3日坊主で無駄ばかり」なんて嘆く必要はありません。「何もやらない」ことが一番無駄なのですから

大人こそ、「はじめて」を気軽に、スモールステップで、長く楽しんでほしいですね。

脳医学者が解説<前編>
脳とからだのための3日坊主克服法

  • 瀧 靖之(たき やすゆき)
  • 瀧 靖之(たき やすゆき) 東北大学スマート・エイジング学際重点研究センターおよび加齢医学研究所 臨床加齢医学研究分野 教授 医師 医学博士。東北大学大学院医学系研究科博士課程修了。脳のMRI画像を用いたデータベースを作成し、脳の発達や加齢のメカニズムを明らかにする研究者として活躍。読影や解析をした脳MRIはこれまでに16万人にのぼる。10万部を超えるベストセラーとなった『「賢い子」に育てる究極のコツ』(文響社)、『生涯健康脳』(ソレイユ出版)をはじめ、『脳医学の先生、頭がよくなる科学的な方法を教えてください』(日経BP社)など著書多数。一児の父。
取材・文/剣持亜弥
デザイン/日比野まり子