2022.08.31

モデルKIKIさんが訪ねる研究の現場#06/「今の私」を見つめることから始めよう

モデルKIKIさんが訪ねる研究現場#06/「今の私」を見つめることから始めよう左から
阪田真己子(同志社大学 文化情報学部 教授)
坂本晶子(ワコール人間科学研究開発センター 主席研究員)
正田 悠(立命館大学 スポーツ健康科学部 助教)
KIKI(モデル)
撮影協力/同志社大学

「からだ文化研究プロジェクト」の研究現場に、モデルKIKIさんが訪問するシリーズ。同志社大学訪問の後編では、未来の自分をどうかたちづくるのか、何を目指していったらいいのか、こんな難問を優しく解き明かします。

自分にとって、ここちいい身体の使い方を知る

KIKI 前編では、練習と本番で振る舞いが変わるというお話が面白かったです。先生方は人前に立つとき、意識して使い分けていますか?

阪田 人は、社会階級や文化、コミュニティの中で立ち振る舞いが形成されていく「ハビトゥス」という社会学の概念があります。例えば、職業によってもハビトゥスが形成されるのですが、私も授業で教室に入るとき、半ば無意識に「大学の先生」になります。それは演技というよりスイッチですね。

正田 私はそういう明確なスイッチはあまりない気がします。とはいいつつも、「フレンドリーに見て欲しい」とか「ここは厳し目でいこう」など、実際には無意識に使い分けがあるのかもしれません。

KIKI では、人前で話すとき、相手を引き込むために意識していることはありますか?

阪田真己子(同志社大学 文化情報学部 教授) 阪田真己子(同志社大学 文化情報学部 教授)/2002年神戸大学大学院総合人間科学研究科博士課程修了。博士(学術)。ATR知能映像通信研究所研究員、福島学院大学講師を経て、2005年4月本学部専任講師に着任、2018年より現職。

阪田 話を聞く人にからだを向けるのは大原則ですね。これは漫才師もそうですが、彼らは2人で話しながらもからだはお客さんを向いていますよね。「今この会話にあなた(お客さん)も入っているのですよ」ということを示す無意識のルールです。観客は、自分も会話に巻き込まれていると感じるから、会場では一体感が味わえるのです。

KIKI 確かにそうですね!

阪田 モデルさんの仕事は切り替えがありますか?

KIKI(モデル) KIKI(モデル)/武蔵野美術大学建築学科卒業後、モデル・女優・写真家として多方面で活躍。エッセイ寄稿や紀行文の執筆なども手がける。著書に『美しい山を旅して』(平凡社)、『山が大好きになる練習帳』(雷鳥社)、『山・音・色』(山と渓谷社)など多数。

KIKI 自分の切り替え方って、0か1かではなく、細かいダイヤルを回すみたいだと感じます。母の私、妻の私、モデルの私、とその時に応じてダイヤルを調整するイメージです。そのダイヤリングがうまくなるほど、ストレスは減った気がしますね。20代のころ、無理に切り替えていたときは、帰宅後ドッと疲れることもありました。

阪田 仕事によって自分の出し方も変わりますか?

KIKI 写真で瞬間瞬間を捉えてもらうのは好きですが、テレビ番組などで長い時間撮られることに苦手意識があります。モデルはある意味テーマがわかりやすいんですよ。「しっとり」や「活発」など求められる像を、瞬間的に出す作業は私に合っているみたいです。

阪田 そういう経験から、ここちよい身体のあり方や使い方がわかってきますよね。

KIKI はい。どんな振る舞いでも、自分に合ったからだの使い方をしている人は、見ているほうもここちよく感じるのかもしれません。

小さな成功体験が、自分を成長させてくれる

KIKI 坂本さんも人前で話す機会が多いですよね。

坂本晶子(ワコール人間科学研究開発センター 主席研究員) 坂本晶子(ワコール人間科学研究開発センター 主席研究員)/入社以来、ベビーからジュニア・マタニティ・シニア世代まであらゆる世代の人体計測を担当。その後、製品開発課で「スタイルサイエンスシリーズ」の開発、姿勢美研究などを経て、さまざまな商品開発に携わる。

坂本(ワコール) 先日も女子大の授業でお話しする機会をいただきました。肩書に「ワコールの研究員〜」などとつくと、日本女性の美を熟知した人だと思われてしまうんですね。緊張もしてしまいました。でも、人からどう思われるかに捉われすぎず、「これまでに蓄積してきたことを伝えるしかない」と腹をくくったら、少し楽な気持ちになれました。授業では、下着を通じて自分のからだを知ることが美しさへ繋がることや、世の中の人の美への思いなど、データや言葉にしていく研究の重要性について、私なりの向き合い方でお伝えしました。

こういった話をすることは、自分を振り返る機会にもなりましたし、慣れない中でも外に発信する経験は、成長につながると感じています。この「体験に満足する」という感覚は、美しさを考える上でとても重要ですよね。なぜなら、美しさの正解はひとつではないですし、自分にとって美しいと感じること、ここちいいことを、自分が満足するために行う。それがとても大事だと思うからです。

今の自分に納得して、自分を愛せるように

阪田 以前、坂本さんと行った自己紹介の実験では、世代によって興味深い傾向がありました。20代の方は日々の授業や就活での経験もあって、自己紹介自体は慣れているんです。だから自分のことをスラスラーっと話します。対して40〜50代の方は、自己紹介の半分は、家族のことや周囲のことなどを話されるのです。「自分が何でできているか」を話すほうが圧倒的に多かったんですよね。

阪田真己子(同志社大学 文化情報学部 教授)

坂本(ワコール) その方たちも、最初は今の自分をどう説明すればいいのか不安いっぱいの様子でした。でも終わった後、人前で自己紹介ができた新しい体験に対してすごく満足していましたね。

阪田 このプロジェクトでも、新しい気づきと体験を通して、今の自分に納得して、もっと自分を愛せるサポートができたら素敵です。

「なりたい自分を考える」ことは「自己紹介を考えること」

KIKI こう見られたい! という高く大きな目標を掲げなくてもいい、というわけですね。では最後にこのプロジェクトで提案したいことについて教えてください。

坂本(ワコール) プロジェクトでは、自分探しをしながら、新しい世界が広がっていく提案ができたらと思います。その人がこれまで「気後れするから行きたくない」と思っていた場所にもなじむ振る舞いを身につけたら、視野は広がるでしょう。人生をより自分らしく楽しんでいけるようなサービスをつくっていきたいですね。

正田 プロジェクトのテーマでもある「自分の理想像を見つける」ことは、今と未来を設計していくことだと思っています。それは体型や振る舞いだけの話ではなく、「いつかこんな生活をしたい」「こんな人になりたい」など、もっと広く大きな意味をもっているのだと思います。そんな理想像に向かっていくヒントを提案していきたいですね。

正田 悠(立命館大学 スポーツ健康科学部 助教) 正田 悠(立命館大学 スポーツ健康科学部 助教)/博士(文学)。専門は演奏科学・認知科学。生音楽における演奏者と鑑賞者の心理・行動・生理指標の社会的信号処理を中心に、舞台芸術および対人コミュニケーションの実証研究に従事。

阪田 美しさを考えるとき、私たちはどうしても老いと向き合う必要があります。30〜40代って、それがしんどい時期でもあるんですよね。仕事や子育てで忙しい女性は、自分のからだをないがしろにしたり、からだへの関心が下がってしまう。プロジェクトを通して、自分をどう整えていくのかを、自分が納得する形で決められるような提案をしたい。それによって、今の自分のからだを大切にして、もっと好きになれるよう、サポートできればと思います。

KIKI 「なりたい自分を見つける」って難しいですが、今日のお話を聞いて、「自分の自己紹介を考えること」に近いのかなと感じました。プロジェクトを通して今の自分を知って、ここは少し直してみようとか、ここは長所だなとか、探っていけたらいいですね。すぐに理想の自分が浮かばなくても、今の自分を見つめることなら誰でもできますし、そこから発見があるかもしれません。

KIKI(モデル)

阪田 今の自分を客観的にデータとして見ることで、未来のなりたい姿は少しずつ見えてくると思います。急に遠い場所を目指すのではなく、自分が毎日どんな生活をしているかを見つめ直せたら、そこから次の一手が始まっていくのではないでしょうか。

モデルKIKIさんが訪ねる研究現場#06/「今の私」を見つめることから始めよう
取材・文/大庭典子
撮影/石川奈都子
デザイン/WATARIGRAPHIC

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