服飾の歴史や文化へ誘う、京都服飾文化研究財団(KCI)広報誌より

服をめぐる

2019年10月23日

文・写真/筒井直子(京都服飾文化研究財団 キュレーター)
写真/福嶋英城(京都服飾文化研究財団)

BEAUTY

【地産街道を行く⑦】

和紙糸【福山】

KCIの収蔵品にみられる技法や素材の原点を求め、各地を訪れます。

2014年の秋、「和紙 日本の手漉和紙技術」がユネスコの無形文化遺産に登録された。報道では連日、伝統的な手漉き作業の様子や各地に伝わる歴史が紹介され、そのときに和紙の魅力を再認識した人も多かっただろう。和紙を手に取ると、私たちが日常に使うコピー用紙や画用紙の無機質な質感とは違い、繊維の重なりや温かく柔らかい風合いを感じることができる。紙は植物から作られている、ということに改めて気づく。

日本には、障子や襖のように紙が生活のなかに溶け込み、親しまれてきた歴史がある。衣服も例外ではなく、千年近く続いてきた伝統的な和紙製の衣服が存在する。紙衣(かみこ)、そして紙布(しふ)と呼ばれるものだ。紙衣(「紙子」とも書く)(下図1)は和紙自体を生地に見立て、柔らかくなるまで揉んだ後、糸で縫い合わせて衣服にする。鎌倉時代から庶民の安価な防寒着として着用され、江戸時代には油や柿渋、漆を塗って防水した合羽も広まった。また高級な和紙を用いたものは通人の粋とされてきた。

一方の紙布(下図2)は和紙を細く切り、撚りをかけて作った紙糸を用いて織りあげたものだ。タテ糸、ヨコ糸ともに紙糸を用いるものもあれば、絹糸や綿糸、麻糸をタテ糸に、紙糸をヨコ糸として織ったものもある。紙衣と紙布にみられる紙製の衣服は遠い過去のものと思われがちだが、実はそうではない。いま、注目されている衣服素材のひとつ、それが紙なのだ。 江戸時代後期の「紙衣袖無羽織」 図1 江戸時代後期の「紙衣袖無羽織」 京都服飾文化研究財団所蔵
彩色版画の和紙を揉み、縫い合わせている。紙衣は温かく、冬の衣服に適していた。
江戸時代中期から明治期の下着「汗はじき」 図2 江戸時代中期から明治期の下着「汗はじき」 京都服飾文化研究財団所蔵
衿と裾には紙布(タテ糸に綿糸、ヨコ糸に和紙糸)が使用されている。ネット状の部分はすべて和紙糸から成る。
和紙を原料に独自の糸を開発する会社が広島県福山市にあると聞き、訪ねてみることにした。備後撚糸株式会社は福山市の中心部から車で約40分北西にいったところに位置している。芦田川からほど近く、周辺には繊維工場が立ち並ぶ。昭和2年創業の同社は長らく撚糸加工を専門としてきた。撚糸加工とは、紡績糸を複数本に引き揃え(この工程を「合糸」という)、それを撚糸機で撚りをかけることを指す。そして出来上がった撚糸は織りや編み専門の会社、糸を染める染色会社に出荷されていく。商社などからの要望に合わせ、同社はこれまでに多くの特色ある糸を生み出してきた。いわば糸のブレンダーだ。 備後撚糸株式会社の外観 備後撚糸株式会社の外観 はつらつとした笑顔で社長の光成明浩さんが出迎えてくれた。「撚糸は繊維業界の川上に位置していて、あまり表にでない工程ですが、糸に強度を持たせたり、様々な機能を与える重要な加工なんです。」例えば二種類の異なる紡績糸を撚糸にする場合、合糸の配合、撚りの方向や回数で全く違った風合いや強度の糸が出来るため、最終製品に合わせて加工内容を変えるのだという。光成さんが和紙に魅せられたのは、十年近く前のことだった。「それまで撚糸業は委託加工業というのが業界の常識だったのですが、撚糸加工会社から何か新しい糸を提案してもいいじゃないかって思ったんです。和紙は難しいと思われてきた素材なので、チャレンジ精神に火がつきました。」商社の下請けに甘んじることなく、今までにない提案型の撚糸を世に送り出したい。そんな情熱が彼を後押しした。

「これが原料となる和紙のテープです。」四国の製紙会社で特注をしているという幅1ミリの極薄和紙を手に取る。出来上がりの糸が想像し難いほど繊細で、かすかな風でふわふわと漂う。「和紙糸と言うと、弱くないんですか、溶けないんですか、とよく聞かれるんですよ。だけど糸にするのに最適な加工をした紙を使っていますし、掛け合わせる他の糸や撚りの工程で工夫を凝らしているので、他の糸と強度は変わりません。もちろん洗濯もできますよ」と光成さん。「確かに牛乳パックからは中身が染み出てこないし、建材にも紙が使われたりしますものね。」紙がもつ弱いイメージを払するのには、これまで多くの苦労があったが、近年ではこの和紙糸の特性を理解し、採用する企業が増えてきたのだという。 撚糸の工程 撚糸の工程 和紙とポリエステルによる撚糸 和紙とポリエステルによる撚糸 原料の極薄和紙 原料の極薄和紙 「それでは、これから実際に撚糸をしている工場を見に行きましょう。」と促されて工場に入ると、繊維工場独特の木と油が混ざった匂い、そして綿のほのかに甘い香りがした。白いロール状の糸が整然と並び、それぞれが機械の擦れる音を立てながらクルクルと回っている。「和紙以外のものは早い回転で撚っていますが、和紙糸は回転をかなり遅くしています。綿糸と比べると何倍もの時間がかかりますね。」このとき機械にかかっていた和紙とポリエステルの撚糸は、一つのロールが出来上がるまでに60時間近くもかかるらしい。昼夜を問わず動き続ける機械は40年以上も前のものだという。「この機械でゆっくり撚らないと和紙糸はうまく出来ないんです。私たちの手とこの機械でずっとやってきました。愛着がありますねえ。」ここで働く人たちにとって機械は手であり、仲間なのだ。 合糸作業の様子 合糸作業の様子 出来上がった和紙糸を見せてもらうと、もはやそこに紙の痕跡はない。「和紙糸は毛羽立ちがないでしょう。糸としてとても綺麗だなぁと思います。そして和紙糸は吸水性や吸汗性に優れています。糸の比較でいうと、綿糸の10倍の吸水性があるんですよ。なのに乾燥性や発散性も非常に高いんです。」高機能な化学繊維に比肩しうる糸がローテクの機械から生み出され、いま、同社の和紙糸「備和(びんわ)」はポロシャツやジーンズになり、人気を高めている。とても軽く、シャリッとした感触がここちいい。

紙が日本の生活に溶け込んだ理由のひとつは、高温多湿な気候風土において適した素材だったからだろう。ゆえに紙衣、紙布は決してユニークなものというわけではなく、理にかなった衣服だったのだ。そしていま、和紙糸が注目されはじめたのもおそらく偶然ではない。
和紙とは...主原料に麻、楮(こうぞ)、三椏(みつまた)、雁皮(がんぴ)、(まゆみ)など日本に古くから自生する植物を使用し、漉いて作ったものを和紙といい、木材パルプから生産される洋紙と区別されます。 (文中に出てくる所属・肩書等は、取材時のものです)
© The Kyoto Costume Institute
(KCI広報誌『服をめぐる』第7号 2017年7月発行より)
京都服飾文化研究財団(KCI)

京都服飾文化研究財団(KCI) 京都服飾文化研究財団(The Kyoto Costume Institure, 略称KCI)は、西欧の服飾やそれにかかわる文献や資料を体系的に収集・保存し、研究・公開する機関です。現在18世紀から現在までの服飾資料を約13,000点、文献資料を約20,000点収蔵。それらを多角的に調査・研究し、その結果を国内外の展覧会や、研究史の発行を通じて公開しています。
https://www.kci.or.jp/

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