服飾の歴史や文化へ誘う、京都服飾文化研究財団(KCI)広報誌より

服をめぐる

2019年3月27日

文/筒井直子(京都服飾文化研究財団 キュレーター)

BEAUTY

【地産街道を行く②】

有松絞り【有松(愛知)】

KCIの収蔵品にみられる技法や素材の原点を求め、各地を訪れます。 マウリツィオ・ガランテ プルオーバー 1994年秋冬 マウリツィオ・ガランテ プルオーバー 1994年秋冬
© 京都服飾文化研究財団
植物のような、昆虫のような、プチプチと突起した表面。固いのか、それとも柔らかいのか。

さまざまな想像が膨らむこの凸凹した服は、イタリア人デザイナーのマウリツィオ・ガランテ[1963- ]が1994年秋冬コレクションとしてパリのショーで発表したものだ。80年代半ばから活動を開始したガランテはこうした意表をつく質感の服を数多く制作し、注目を集めていた。

本品発表の1シーズン前のこと。ガランテは西陣織の帯地に目を付け、それをドレスに用いた。糸の束が不規則に貼りついたり垂れ下がっているように見える光沢のあるドレス。一見、どこに西陣織が使われているのかわからないこのドレスの表面は、生地の表側ではなく糸が無造作に渡る裏側だったのだ。ショーではこの思いがけない美しさに観客がどよめきの声をあげたという。日本の布の面白さを知ったガランテは、さっそく次のコレクションのために数々の着物の生地を日本から取り寄せた。そのなかのひとつ、細かな文様に染め分けられた立体感のある独特の布にガランテは惹きつけられる。後に本品の生地となる有松絞りの一片だった。

一人の若きデザイナーの琴線に触れた有松絞りとは一体どのようなものなのだろう。
名古屋市の南東、丘陵地帯に有松という町がある。中心をはしる旧東海道には、江戸~明治時代に建てられた十数軒もの立派な商家の屋敷が約1kmにわたって軒を連ね、当時の繁栄ぶりを今に伝えている。軒先にかかる藍色ののれんが町並みに凛とした彩りをあたえていて清々しい。 江戸時代の風情を残す有松の町並み。 江戸時代の風情を残す有松の町並み。
© 京都服飾文化研究財団
街道のなかほどにある有松・鳴海絞会館を訪ね、町の成り立ちと有松絞りについて広報部長の濵島正継さんに伺った。「有松絞りは江戸時代初期にここで生産、流通が始まりました。近隣の鳴海地区を含め現在では有松・鳴海絞りとも呼ばれています。もともとこの辺りは荒れ地だったようですが、1610年の名古屋城築城を機に町が形成されました。その頃から綿織物が特産物になり、藍で絞り染めを施した手拭いを作って街道を行き交う人々に売るようになったんです。」 古い商家は現在、有松絞りの商品を販売する店舗などに利用されている。 古い商家は現在、有松絞りの商品を販売する店舗などに利用されている。
© 京都服飾文化研究財団
絞り染めといえば世界中に古くから存在する染色法の1つだ。布を糸で括ったり、縫ったり、板で挟んだりして、その部分に染料が入らないようにしたあと、布を染液に浸して文様を出す。日本ではすでに正倉院の宝物のなかに絞り染めの染織品がみられる。近世に特産物として先に発展したのは、豊後の国(現在の大分県)の豊後絞りだった。有松には名古屋城築城時に豊後の職人によってその技法が伝えられたとされる。尾張藩の庇護のもとに独占的な商権を得た商人たちは、有松絞りの反物の流通を拡大させ、有松は江戸中期より急速に発展していく。「有松絞りのなかにはさまざまな文様があって、手蜘蛛絞り、杢目絞り、嵐絞り、三浦絞りなど、バリエーションを入れるとその技法は100種類を超えます。」下絵書きや染色などの工程のなかで、もっとも手間がかかる「絞り、括り」の作業。地元の女性に手蜘蛛絞りの実演を見せて頂いたつまんだ布の先を専用の針にかけ、手際よく糸を巻き付けていく。なんともリズミカルだ。「技法ごとに専門の職人がいますが、かつては周辺地域の農家の女性達も多く携わっていました。」

精緻な文様とバリエーションの豊かさ、そして圧倒的な生産量は地元の手なくしては存在しえなかっただろう。
染色を終え、括り糸をほどく。括られた部分は染料が入らず、白く残っている。 染色を終え、括り糸をほどく。括られた部分は染料が入らず、白く残っている。
© 京都服飾文化研究財団
積極的な国外での生産や輸出に乗り出したのは昭和中期だったという。国内では生産が追いつかず、韓国や中国などでも「絞り、括り」が行われてきたそうだ。一方で、明治時代から代々絞染色業を営む久野染工場の久野剛資さんは「やはり有松絞りを有松で残していきたいと思うんです。」とその思いを語る。「古いことを古いいままやっているわけではありません。絞りはまだまだ可能性を秘めた技術です。舞台衣装やファッション・デザイナーの高度な要望にも果敢にチャレンジすることが生き残る道だと思っています。」工房に所狭しと吊るされた実験的な布の数々。布一枚に気圧される、そんな力強さが久野さんの作品の持ち味だ。株式会社山上商店の山上正晃さんや株式会社スズサンの村瀬裕さんもまた古い形式に縛られず、しかしその技を程よく残す洗練された服やインテリア雑貨を産地から発信している。都市部や海外でも評判の品々だ。有松の地で新たな芽がいま、あちこちで芽吹こうとしている。 現在の有松絞りは服飾品をはじめ、舞台衣装、インテリア雑貨など幅広く応用されている。 現在の有松絞りは服飾品をはじめ、舞台衣装、インテリア雑貨など幅広く応用されている。
© 京都服飾文化研究財団
最終的にガランテが選択したのは絹製の手蜘蛛絞りの生地だった。通常、染色後は括った糸を解き、「湯のし」という加工を施して布を平らにするが、彼は「湯のし」を省く指示を出した。括り終えた突起は装飾となり、その伸縮性をいかした布は身体を柔らかく包み込む。定石を踏まないガランテのセンスがひかる。もう一度本品をながめ、有松の歴史に思いをはせた。すると、細部を見てさらなる装飾を見つけた。ところどころ意図的に残した括り糸。有松絞りを象徴する手仕事、その痕跡だった。
(文中に出てくる所属・肩書等は、取材時のものです)
© The Kyoto Costume Institute
(KCI広報誌『服をめぐる』第2号 2015年11月発行より)
京都服飾文化研究財団(KCI)

京都服飾文化研究財団(KCI) 京都服飾文化研究財団(The Kyoto Costume Institure, 略称KCI)は、西欧の服飾やそれにかかわる文献や資料を体系的に収集・保存し、研究・公開する機関です。現在18世紀から現在までの服飾資料を約13,000点、文献資料を約20,000点収蔵。それらを多角的に調査・研究し、その結果を国内外の展覧会や、研究史の発行を通じて公開しています。
https://www.kci.or.jp/

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