服飾の歴史や文化へ誘う、京都服飾文化研究財団(KCI)広報誌より

服をめぐる

2019年1月30日

文/筒井直子(京都服飾文化研究財団 キュレーター)

BEAUTY

【地産街道を行く①】

伊勢型紙【伊勢・白子(しろこ)】

KCIの収蔵品にみられる技法や素材の原点を求め、各地を訪れます。 伊勢型紙【伊勢・白子(しろこ)】 雪輪に葵。スペイン生まれのデザイナー、マリアノ・フォルチュニイはこの日本の文様に魅せられ、着物風の室内着を飾った。いまから約百年前、葵文は徳川の家紋として一部の西洋人に知られていたものの、抽象とも具象ともつかないこの組み合わせは人々の眼に新鮮に映ったに違いない。

それにしてもこの日本の文様、当時の西洋人が作ったにしてはディテールといい、バランスといい、なかなかよく出来ている。鈎爪のようにくるっとカーブした雪輪のアウトラインなどは絶妙だ。実はこの文様は着物の型染に用いる型紙を部分的に切り取って使用したと考えられている。東洋の文様を好んだフォルチュニイは、おそらく型紙そのものや型紙集を写すなどして本品を作ったのだろう。西洋ではおりしもジャポニスムとよばれる日本趣味のブームが続き、家具や食器、テキスタイルの文様として、日本の型紙のモチーフが芸術家たちのデザイン・ソースに幅広く応用されていた。型紙は着物を染める道具の域を超え、19世紀後期から20世紀初頭にかけて大量に海を渡っていたのだった。 マリアノ・フォルチュニイ室内着 型紙の産地が三重県鈴鹿市の白子という静かな港町にある。現在に名を残す「伊勢型紙」はかつて「白子型紙」と呼ばれ、最盛期には国内に流通する型紙の約9割を占めるほどの一大生産拠点だったという。

4月の終わり、旧伊勢街道沿いの「伊勢型紙資料館」を訪れた。ここは代々型紙販売を取り仕切ってきた豪商・寺尾家の屋敷で、今も江戸の風情をとどめている。伊勢型紙技術保存会会長 六谷泰英さんが迎えてくれた。「柿渋で貼り合わせた美濃紙に専用の彫刻刀で細密な文様を彫り出していくのが伊勢型紙の特徴です。」およそ幅60㎝、天地30㎝の地紙のなかに、極細の線や点で表現された植物柄や縞柄、幾何学柄が寸分のくるいもなく整然と並ぶ。なかには目を凝らさないと見えないほどの無数の点でびっしりと埋め尽くされたものもある。まさに手わざの極みだ。 伊勢型紙資料館 「白子での起こりは鎌倉時代とも室町時代といわれていますが、実際はよく分かっていません。江戸のはじめにここが紀州藩領となり行商の特権を与えられたことで、質、量ともに飛躍的に発展しました。最盛期を迎えたのは江戸時代後期でした。」江戸時代、関西屈指の貿易港だった白子。そこに目を付けた紀州藩と、商機を逃さなかった同地の型紙販売商が手を組み、型紙の独占販売体制が築かれる。型紙は海路、陸路を駆使して日本各地の染め師のもとへ送られ、そこで精緻な柄を完璧に染める技が磨かれた。こうして日本の型染の技術は世界でも類を見ないほど高度に洗練されていった。

伊勢型紙には「道具彫り」「錐(きり)(きり)彫り」「縞(しま)(しま)彫り」「突(つき)(つき)彫り」という四種類の技法がある。型彫師はそれぞれの技法ごとに徒弟関係で結ばれ、一つの技法を極めていくという。この地区では現在、型彫師約25名がその技を受け継いでいる。
「突彫り」の型彫師、内田勲さんの工房を訪ねた。サクッサクッという軽快な音を立て、鋭利な刃が紙を貫いていく。細かく複雑な植物柄だが、この道50年の手は一瞬の迷いもない。「よく失敗しないんですか、って聞かれるんですけどね。体が覚えてるんでね。根気のいる仕事ですけど、面白いし、楽しいですよ。」そう言いながら、みるみるうちに細い葉の葉脈が姿を表す。瑞々しい若葉が繁茂していくように。 「突彫り」の型彫師、内田勲さん 4種のなかで最も古い技法といわれる突彫りは、文様を地紙に写し取り、その下に地紙を6~7枚程度重ね、穴が開いた板にのせて垂直に突くように彫っていく。刃先を細く尖らせた専用の彫刻刀は線や折線の彫り出しに適しているため、植物柄などの有機的な文様の彫りを得意とするそうだ。三重県立美術館・学芸員の生田ゆきさんによると西洋に伝わった型紙の多くが突彫りだという。日本の植物表現にデザインの源泉を求めた芸術様式が西洋各地で興った当時、突彫りの型紙はあまたの芸術家を刺激し、創作へと駆り立てたことだろう。

フォルチュニイが用いた文様のオリジナルも突彫りの型紙と思われる。むろん彼にはその認識はなかっただろう。しかし、手わざから生まれる有機的な美しさと文様という様式美が混然一体となった洗練の極みを、デザイナーの本能が嗅ぎ取ったことは想像に難くない。はるか遠く離れた日本と西洋の、デザインの交流がここにもあった。
(文中に出てくる所属・肩書等は、取材時のものです)
© The Kyoto Costume Institute
(KCI広報誌『服をめぐる』第1号 2015年7月発行より)
京都服飾文化研究財団(KCI)

京都服飾文化研究財団(KCI) 京都服飾文化研究財団(The Kyoto Costume Institure, 略称KCI)は、西欧の服飾やそれにかかわる文献や資料を体系的に収集・保存し、研究・公開する機関です。現在18世紀から現在までの服飾資料を約13,000点、文献資料を約20,000点収蔵。それらを多角的に調査・研究し、その結果を国内外の展覧会や、研究史の発行を通じて公開しています。
https://www.kci.or.jp/

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