今月のコトバ「身体的距離」

文/相川藍(あいかわ・あい)
イラスト/白浜美千代
今月のコトバ「身体的距離」

2メートルは近いか遠いか?

自分と他人とを隔てる距離に、かつてないほど関心がもたれている。最近よく耳にするのが「ソーシャル・ディスタンシング(社会的距離の確保)」というコトバ。適切な対人距離を取ることを意味するが、「フィジカル・ディスタンシング(身体的距離の確保)」と表現されるようにもなってきた。離れるべきなのは身体だけで、社会的交流や心理的つながりは保ったほうがいいという考えからだ。

先日、厚生労働省が公表した「新しい生活様式」の実践例には「人との間隔は、できるだけ2m(最低1m)空ける」と書いてある。2mとは、鳥取県知事によると「鳥取和牛1頭分」であり、WWFジャパンによると「ジャイアントパンダ1頭分」「オサガメ1匹分」「若いオスのホッキョクグマ1頭分」「キングペンギン2羽分」であるらしい。動物園でサイズ感を把握しなくては! 身近なもので例えるなら「ハイウエストのロングパンツ2本分」「長めのスリップ2枚分」くらいだろうか?

アメリカの人類学者エドワード・ホールは、かつて身体的距離を次のように分類した。「密接距離(〜45㎝)」「個体距離(45㎝〜1.2m)」「社会距離(1.2m〜3.6m)」「公衆距離(3.6m〜)」の4つだ。このうち社会距離は「顔のこまかいディテールは見てとれず、特別な努力なしには相手に触れられない距離」で、約2m離れれば「人の前で仕事をつづけても失礼に見えない」とのこと。声をかけることもできるし、無視することもできる、絶妙な距離感といえるかもしれない。

恋に落ちるジェスチャー

至近距離で接していると、意外とその人の全体像は見えないものだ。外見を部分的にしか把握できず、大事なポイントを見逃してしまうこともある。誰かに恋心を抱く場合など、まずは遠くから見た姿にキュンとすることが多いのではないだろうか。からだ全体の雰囲気や印象的な動作が心に残り、この人いいな! と思う。恋愛感情を育むには、社会距離や公衆距離をキープしたこの過程が欠かせない。

このプロセスを経ずに、相手を意識することなく距離を縮めた場合は「ただの友達」になってしまい、そこから恋人どうしに昇格するのは難しい、というのはラブストーリーの定番だ。しかし、そんな「ただの友達」が、たまたま部活などやっているところを遠くから眺めると、何だかかっこよく見えてハッとする。しかも、誰かと楽しそうに話をしていたりすると、絵になっていて不覚にもうらやましいなあと感じてしまう。「距離は風景に魅力を添える」という英語のことわざがあるが、距離は「ただの友達」を「特別な人」に変えるのである。

そうなったら、次はあなたの番だ。離れたところから、部活をしているその人に声をかけて振り向かせ、あなたが彼(彼女)にとっての風景になればいい。このためには、全身のスタイリングと魅力的なジェスチャーが必要だが、とりあえず大きく手を振ったり、かわいく飛び跳ねたりしてみてはどうだろうか。アホらしく見えない程度に。

距離を置きたくなる人々

ここちよい距離感って難しい。「ヤマアラシのジレンマ」という有名な寓話があるが、ヤマアラシですら「近づきたいのに、近づきすぎると互いの針で傷つけあってしまうからどうしよう」と悩んでいるのだから。だけど、世の中には自然と距離を置きたくなるような「近寄りがたいオーラを放っている人」もいる。それが尊敬する相手ならば、離れるのはマナーでもある。

「三尺下がって師の影を踏まず」ということわざがあるが、これは「師匠にお供するときは約90㎝離れ、その影を踏んではならない」という意味。弟子としての礼儀を失ってはいけないということだ。別バージョンとしては「七尺下がって師の影を踏まず」というのもあり、この場合の距離は約2mになる。師匠の影の長さは変わるから、臨機応変に対処したいものだ。

もしも、あなたが他人を寄せつけたくなかったら、ファッションやメイクでとっつきにくさを演出し、適度な社会距離を保つことは可能だと思う。私はついこの間、ロングヘアを優雅にブラッシングしながら歩いている女性を見かけたが、周囲の通行人は明らかに引いていた。かなり魅力的なジェスチャーではあったので、遠目に見て、恋に落ちてしまった人がいないとは限らないけれど。

  • 相川藍(あいかわ・あい) 言葉家(コトバカ)。ワイン、イタリア、ランジェリー、映画館愛好家。
    疲れたときは、味覚的にも語感的にもベトナム料理に癒される。
    フォー、ブン、ミー、チャオ、ソイ、ラウ……とくにデザートのチェーは最強!

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