KCIの収蔵品にみられる技法や素材、来歴を手がかりに、各地を訪れます。
[手がかりとなるKCI収蔵品]

1720年頃 イギリス製 京都服飾文化研究財団所蔵 小暮徹撮影
緑の絹タフタに、花鳥や蝶の中国製刺繍をイギリスでアップリケしたペチコート。現在のスカートに相当し、上流階級の女性が身につけた。17~18世紀のヨーロッパにおける中国趣味(シノワズリ)を表した好例。緑は中世より「青春」「歓喜」「若さ」「愛」を象徴する色として貴族階級に好まれた。
私たちは色とりどりの服を着る。無彩色の服を着たい日もあるが、それだけではつまらない。有史以来、人々はコミュニティや宗教などの規範が許す限り、色彩豊かな服を欲し、多様な染色の技法を伝えてきた。私たちの服の歴史は、つまるところ色をまとうための飽くなき探求の歴史でもあるのだ。

一万三千点を超える服飾品を保管するKCIの収蔵庫は、そんな色の宝庫だ。赤、青、緑、紫、黄…。棚の扉を開くと、様々な色彩が目に飛び込んでくる。なかでも、17世紀から18世紀に作られた衣装がいまだに鮮やかな色を留めているのを見ると、感嘆の声をあげずにはいられない。というのも、合成染料が発明されるおよそ160年前までは、すべて植物や虫などから得られる天然染料で染められていたからだ。それでは、当時の人たちはどのようにしてその色を手に入れる術を身につけたのか? そもそも染色とはどういうメカニズムなのか? その答えを探るべく、京都市内の大学で教鞭を執りながら染色業を営む青木正明さんにお話を伺うことにした。
KCI(以下、K) 今日は、こちらの1720年頃に貴族階級の女性が着たスカートの染色についてお話を伺いたいと思います。
青木(以下、青) すごい! 300年経っているんですね。とても綺麗に色が残っていますね。
K はい、刺繍でできた鳥や蝶、草花も状態よく保たれています。この刺繍は、中国で作られたと考えられています。もとの形は分かりませんが、生地からこの刺繍の部分が切り取られ、イギリスでスカートの文様としてアップリケ(注1)されたと伝わっているん
です。

青 中国趣味、ですね?
K そうです。17世紀から18世紀にかけてヨーロッパで流行した芸術様式のひとつですね。このスカートが作られた18世紀初頭は、ヨーロッパのなかではイギリスが中国貿易の主導権を握るようになっていましたから、このような刺繍作品もたくさんイギリスに渡り、もてはやされたのでしょう。清の康熙帝の統治時代[在位1661年~1772年]ですが、このデザインによく似た蝶や草花の刺繍付き女性用上衣が「康熙期」の作として北京故宮博物院に残されています。もしかしたら、そのような衣服から刺繍部分が切り取られて、本品に再利用されたのかもしれません。
青 極彩色の鳥や蝶…、美しい色の豊かなデザインですね。
K 刺繍部分は中国で染色されたはずですが、染料が何かお分かりになりますか?
青 そうですね…。刺繍なので糸を先に染めていますが、まず、赤は幾種類かの染料が使われていると思います。朱赤の方は、おそらく茜です。そして濃い赤はラック虫(注2)だと思います。青は藍ですね。茶色っぽい部分は丁子かもしれません。中国でよく使われていた染料です。黄色は楊梅(ヤマモモ)でしょうか。中国ではウコンとキハダもよく使用されていましたが、これらはそこそこ退色しやすいので、今、この鮮やかさで残っているとは考え難いです。

K 退色を加味しつつ、染料を見極めるのは難しいですね。
青 はい。科学的に染料を同定する方法はありますが、今のところ非破壊で検査するのは困難なんです。
K この作品から生地や糸のサンプルを取り出すのは作品保護上、難しいですので、詳細な検査をすることが出来ません。ですので、青木さんのような実践で染色をなさっている方にお伺いするのが最良なんです。
青 お役に立てて嬉しいです(笑)
K スカートの緑はどうでしょう? スカート本体はヨーロッパで染められたと思われますが、天然染料で鮮やかな緑を染めるのは難しいと聞きます。
青 う〜ん。そうでもないですよ。緑でも方法さえ間違わなければ綺麗に染まります。
K どのような方法なのでしょうか?
青 単独で発色よく緑に染まる天然染料というのはないので、緑を染める場合は青と黄の二色で別々に染めなければなりません。
K 染める順番は決まっていますか?
青 通常は青から先に染めます。その方が明らかに綺麗に染まるんです。というのは、青を染める藍の染液はアルカリ性なんですね。そして、黄の染料であるウィード(モクセイソウ科の植物)は黄の色素以外にタンニンが入ってるんです。これがアルカリにさらされると、茶色に変わってしまうんですね。なので、先に黄を染めてしまうと茶色寄りにふれてしまう。しかし、先に藍を染めるとそれが起こらないんです。

K 化学の世界ですね。当時の人はそのメカニズムをどれだけ知っていたのでしょう?
青 記録にはあまり書かれていないんですが、染めをやっている人からすれば「そりゃ、藍から染めるよね。」となります。この作品が作られた頃は、まだ化学の知識が乏しいですから、おそらくそういう経験値だと思います。


K おっしゃる通り、染色の歴史を書物で読んでも、いまいち明確なことが書かれていません。先ほど「単独で発色よく緑に染まる天然染料はない」とお聞きしましたが、中世の染色では、緑がスズランの葉で染められていた、という記述を見たことがあります。どう思われますか?
青 それは難しいんじゃないかな(笑)。葉っぱの緑って見た目はとても綺麗ですが、色素を分子レベルで見たら、とても水に溶けにくい構造をしているんです。葉っぱをコトコト煮込んだら、確かに緑色の水溶液になります。しかし、色素である葉緑素は水の中ではちゃんと溶けているわけではないので、繊維のなかに入っていきにくいのですよ。

K それは媒染(注3)をしても難しいんですか?
青 はい。現在では適度なアルカリ状態で煮出して水に溶けやすくしたり銅で媒染をすることで葉緑素を安定的に染める方法が分かってきていますが、近年までは恐らく難しかっただろう、というのが染色研究者たちの見解です。
K そうなんですね。綺麗な色の花びらや葉を見ると、つい美しい染料が取れるのだろうと思ってしまいます。
青 天然染料のほとんどは、樹皮、心材、根っこで、花びらなどはあまりないんですよ。

K 染色の奥深さを感じます。
青 はい。その探求にすっかりはまってしまいました(笑)
K 今日は緑の染色を中心にお話をお伺いしました。青木さんには次号でも引き続きご登場頂き、赤の染色についてお聞きしたいと思います。本日は、どうもありがとうございました。
青 次回も楽しみにしています!
(敬称略)
(注2)ラックカイガラムシ。アジアの熱帯、亜熱帯地域の植物に寄生する。体内に蓄積する赤が繊維製品や食品の染料として用いられる。
(注3)繊維が染料で直接染まらない場合、鉄やミョウバンといった特定の薬剤で処理して染料を定着させる染色法。
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青木正明氏 プロフィール
天然色工房tezomeya主宰、京都光華女子大学短期大学部准教授兼務。
東京大学医学部保健学科を卒業後、株式会社ワコールにて企画業務を担当。草木染めを利用した企画に携わる中で天然染料への造詣を深め退社し、廣田益久氏に師事。古代染色研究家 前田雨城氏の作品に感銘を受け古代染色研究のため2002年に独立。
© The Kyoto Costume Institute
(KCI広報誌『服をめぐる』第18号 2021年12月発行より)
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- 京都服飾文化研究財団(KCI) 京都服飾文化研究財団(The Kyoto Costume Institure, 略称KCI)は、西欧の服飾やそれにかかわる文献や資料を体系的に収集・保存し、研究・公開する機関です。現在18世紀から現在までの服飾資料を約13,000点、文献資料を約20,000点収蔵。それらを多角的に調査・研究し、その結果を国内外の展覧会や、研究史の発行を通じて公開しています。 https://www.kci.or.jp/