エコフレンドリー・シルク/長浜(滋賀)

地産街道を行く 番外編

取材文/筒井直子(京都服飾文化研究財団 キュレーター)
写真①~②/福嶋英城(京都服飾文化研究財団)
写真③~⑥/𠮷正織物工場

KCIの収蔵品にみられる技法や素材、来歴を手がかりに、各地を訪れます。

長浜からの琵琶湖の眺め。
①長浜からの琵琶湖の眺め。

近年、環境問題に関するニュースを目にする機会がますます増えた。もし新型コロナウィルス感染症が世界中に蔓延していなければ、もっとたくさんの話題が世界中で共有されていたことだろう。大気汚染、干ばつ、山火事、巨大台風、豪雨…。こうした災害のほとんどは人間の活動が原因とされ、早急な対策が求められている。

様々な産業のなかで繊維業界は環境負荷が最も大きい産業のひとつと言われる。生産、輸送、廃棄などあらゆるプロセスにおいて、繊維製品は工程や物量が多く、輸送距離も長いため環境問題の矢面に立たされやすい。そんななか、世界中のアパレルメーカーが環境問題への取り組みを表明し始めた。ある大手ファストファッションメーカーは、全商品への再生可能繊維の使用を2030年までに完了すると決めた。再生可能繊維とはペットボトルなどの廃棄物から再生された化学繊維を指す。環境汚染物質を削減しつつ循環型生産を目指す企業はこれからも増えることだろう。

本誌の「地産街道を行く」は、KCIの収蔵品にみられる素材や技術を紐解くために、各地の生産者を訪ね、その様子を見聞する内容だ。昨秋、これまでの取材先の一社、「𠮷正織物工場」から「このたび、環境に配慮したエコフレンドリーな生地を開発しました」という知らせが届いた。「𠮷正織物工場」は、滋賀県長浜市で高級絹織物のひとつ縮緬織《浜ちりめん》の製造を手掛ける老舗生地メーカーだ。その生地は縮緬織特有の表面のシボがきめ細かく、しっとりと柔らかい。絹織物なのでもちろん天然繊維の絹で出来ている。この上質な生地に、果たして「環境に配慮すべきこと」がどの程度あるのだろうか…。それが知らせを受け取った最初の印象だった。というのも、2018年に伺った同社の工場で、ローテクでクリーン、そして丁寧な少量製造の過程を見ていたので、アパレルメーカーが直面している環境問題対策とは無縁だと感じていたからだ。

「𠮷正織物工場」の《浜ちりめん》。縮緬織特有の美しいシボが見える。
②「𠮷正織物工場」の《浜ちりめん》。縮緬織特有の美しいシボが見える。

そこでこの取り組みの詳細を知るため、同社の𠮷田和生社長にオンライン・インタビューを行うことにした。

環境にやさしい製造工程の開発

KCI ご無沙汰しております。環境に配慮した新しいプロジェクト「NecoS」(ネコス)を開始されたと聞きました。今日はその内容についてお伺いしたいと思います。

𠮷田氏 お久しぶりです。この「NecoS」は、「長浜エコフレンドリーシルク」を略したものです。単一の商品名ではなく、このたび開発した新技術を製造工程のなかで使って生産した生地に付ける名称なんです。

KCI 以前、取材の折に、生地の製造は30工程以上あると伺いました。糸製作から織り上げまで一貫製造しておられる工程のうち、この新技術はどのあたりの工程で使われる技術なんでしょうか?

𠮷田氏 最後の方の工程に「精練」があります。「NecoS」は、その工程で生じる化学的処理を環境に配慮した方法に変えられないか…と試行錯誤して開発した技術です。

KCI 「精練」といえば、絹糸に残ったセリシンという物質を取り除く作業でしたね。この工程で生地がより滑らかになると伺いました。

𠮷田氏 はい。この工程がないと美しい生地にならないので、とても重要です。この工程ではソーダ灰という炭酸ナトリウムを含んだ溶剤を使います。これは有害というわけではないですが、長い目でみれば環境に良くない。そこでソーダ灰に代わる自然由来のものを開発できないかと考えたんです。

精練の作業工程。海外メーカーの使ってもらいやすいよう広幅の生地の生産を始めた。
精練の作業工程。海外メーカーの使ってもらいやすいよう広幅の生地の生産を始めた。
③④精練の作業工程。海外のメーカーに使ってもらいやすいよう広幅の生地の生産を始めた。
精練後、シリンダーで生地を乾燥させる。
⑤精練後、シリンダーで生地を乾燥させる。

KCI 「精練」の工程に化学的な処理があったのですね。開発に取り組もうと思われたきっかけはあったのですか?

𠮷田氏 はい、ありました。私たちの生地はこれまで着物向けに製造してきましたが、近年の着物の需要の落ち込みで、それならば洋服に使ってもらおうと海外への売り込みに挑戦し始めたところ、よい反応を頂くことが出来ました。2018年から何度かパリやミラノの高級ブランドを中心に訪問して商談を行った際、ある外国の方から「環境への取り組みはどの程度しているのですか?」と問われたんです。ハッとしました。ヨーロッパは環境問題への取り組みが進んでいると聞きましたが、うちのようなロット数の少ない天然素材の生地でさえ、環境への配慮が求められるのだ、と。

KCI それは驚きですね。そうした取り組みは、大規模なアパレルメーカーや商社が陣頭指揮を執るのだと思っていました。

𠮷田氏 私も最初は戸惑いましたけど、挑戦することにしました。自然由来の精練用水はどうすれば出来るのか…。そこで目を付けたのが、化学的処理が導入される以前の昔の方法でした。それが藁や木を燃やして出る植物由来の灰なのですが、これを効率的に復活できないかと思ったのです。

KCI 御社が独自に研究をされたのですか?

𠮷田氏 地元の滋賀県東北部工業技術センターと共同で研究を進めました。剤の分量、浴比、方法が全く分からなかったため、実験室での研究が数か月続きましたが、精練にかかるコストを化学的処理と同じくらいで出来るところまでたどり着きました。今、この技術を特許申請しているところです。

琵琶湖の水を守るために

KCI 以前、精練には大量の水が要ると伺いました。

𠮷田氏 そうなんです。私たちの生地製造は地下水に頼っています。伊吹山から琵琶湖方面へ流れている伏流水である地下水は、糸製作時の八丁水撚り撚糸には欠かせません。精練では、琵琶湖の沖合の深いところから取水配管パイプで水を取水して琵琶湖の水そのものを使っています。精練に適した超軟水なのです。そして、ここで使った水は最終的に琵琶湖へと流れていきます。滋賀の人々は琵琶湖を「マザーレイク」として大切にしてきました。しかし近年、琵琶湖の水質が変化し始めたらしく、とても心配しています。

「八丁水撚り撚糸」の工程。糸が切れないように水をかけながら糸を撚っていく。使用する水は伊吹山からの伏流水(地下水)。
⑥「八丁水撚り撚糸」の工程。糸が切れないように水をかけながら糸を撚っていく。使用する水は伊吹山からの伏流水(地下水)。

KCI ニュースで見たことがあります。冬季に湖水の上層と下層の循環が起こるはずが、最近はその循環が鈍いと…。

𠮷田氏 はい。上層と下層が入れ替わることで湖底にも酸素が行き届き、生態系が維持できてきたのですが、それが起こらないと琵琶湖の水質が変わってしまいます。この原因はやはり地球温暖化と言われているんです。

KCI 温室効果ガスである二酸化炭素排出量が関係しているのですね。

𠮷田氏 ええ。私たちが精練の工程をこの新技術で行った場合、生地200㎡あたり約102kgの二酸化炭素排出量を減らすことができました。環境への負荷が少なく、琵琶湖の水を大切にするこの取り組みが、将来的に琵琶湖の水質保全に繋がると信じています。

KCI なるほど。地域の自然の恵みを受けて、その地域ならではの製品を作る。そして使ったものは汚さずに自然へ返す。そういう循環を創り出すことが大切なのですね。「NecoS」の生地の魅力が世界中の人々に伝わることを願っています。本日はありがとうございました。

[取材にご協力いただいた企業、団体(敬称略)]
▼ 有限会社𠮷正織物工場
〒526-0014 滋賀県長浜市口分田町629
電話:0749-62-1790
https://yoshimasa-orimono.jp/

(文中に出てくる所属・肩書等は、取材時のものです)
© The Kyoto Costume Institute
(KCI広報誌『服をめぐる』第17号 2021年3月発行より)
  • 京都服飾文化研究財団(KCI)
  • 京都服飾文化研究財団(KCI) 京都服飾文化研究財団(The Kyoto Costume Institure, 略称KCI)は、西欧の服飾やそれにかかわる文献や資料を体系的に収集・保存し、研究・公開する機関です。現在18世紀から現在までの服飾資料を約13,000点、文献資料を約20,000点収蔵。それらを多角的に調査・研究し、その結果を国内外の展覧会や、研究史の発行を通じて公開しています。 https://www.kci.or.jp/

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