金糸/京都[後編]

地産街道を行く⑭

取材文/筒井直子(京都服飾文化研究財団 キュレーター)
写真/筒井直子、福嶋英城

KCIの収蔵品にみられる技法や素材、来歴を手がかりに、各地を訪れます。

[今回の手がかりとなる収蔵品]

ドレス
ドレス
1870年代半ば
ブランド:ターナー
レーベル:MISSES TURNER COURT DRESS MAKERS 151. SLOANE STREET LONDON
京都服飾文化研究財団所蔵 リチャード・ホートン撮影

静かな輝き―日本の金糸

「日本の金糸刺繍は豪華だけど、けっして華美すぎない美しさがありますね。」1870年代半ばに制作されたドレスを前にして、アメリカのある美術館の学芸員が私にそう語った。KCIが所蔵するそのドレスは、当時、ロンドンのターナーという店が仕立てたものだが、生地には日本から西欧へ渡ったきものを解いたものが使用されている。白い綸子の絹地に施された華やかな菊、牡丹、藤、団扇…。これらを形成する材料は、色とりどりの絹糸や染料、そして金糸だ。東洋の染織を専門とする彼女によると、日本の金糸は他の地域にはない繊細な輝きがあるのだという。たしかに世界各地の金糸と比べると、同じ鉱石鉱物から出来ているにもかかわらず、日本のそれには色味や輝きに落ち着きがあるように見える。

ドレスの部分。「駒縫(こまぬい)」という金糸刺繍が施されている。生地に直接刺し通せない太い糸を用いる場合、生地の上に糸を置き、別の細い糸で綴じ付けていく技法/リチャード・ホートン撮影
ドレスの部分。「駒縫(こまぬい)」という金糸刺繍が施されている。生地に直接刺し通せない太い糸を用いる場合、生地の上に糸を置き、別の細い糸で綴じ付けていく技法/リチャード・ホートン撮影

そこでこの謎に迫るべく、昔ながらの金糸の製法を受け継ぐ産地を訪ねてみることにした。すでに[前編]では製造工程の前半を紹介しているが、工程があまりにも複雑だったため、金という素材が登場する前に筆をおくことになった。この[後編]では前回の内容を簡単に振り返りつつ、金糸完成までたどり着きたい。

京都の寺島保太良商店の繊細で柔らかな金糸。世界各地で見られる金糸の多くは合金を薄く延ばして撚ったもの、もしくは延ばした合金を芯糸に巻き付けたものが多いが、日本の金糸には和紙と金箔を使用する工程がある。
京都の寺島保太良商店の繊細で柔らかな金糸。世界各地で見られる金糸の多くは合金を薄く延ばして撚ったもの、もしくは延ばした合金を芯糸に巻き付けたものが多いが、日本の金糸には和紙と金箔を使用する工程がある。

和紙と漆―金糸の土台

2019年5月、金糸製造・販売業を営む寺島保太良(てらしまやすたろう)商店(京都市北区)の寺島大悟さんに案内頂き、最初に訪れたのは京都府南部、城陽市の市街地にある工場だった。そこでは一枚の長く茶色い「紙」が生みだされていた。「幅60センチ、長さ125メートルの和紙に漆を三度塗り重ねてこの工程は完成です。次の工程で金箔を貼るための台紙なんですよ。」職人の服部さんがそういって、硬さを調節した漆を和紙に塗布していく様子を見せてくれた。まずロール状の和紙を機械にセットする。そして漆を均等に塗布しながら一定の速度ではき出されてくる和紙を二人がかりで床下の深い室(むろ)に波状に垂らしていく。粘度のある漆は乾かすのに丸一日かかるが、その際は僅かな風も厳禁だ。表面が一点でもどこかにくっ付いてしまうと、その1ロールは使い物にならないらしい。

「金箔は1万分の3ミリですから、糸にするためにはこういう土台が必要なんですけど、凹凸があってはいけないんですね。だから和紙の表面をツルッとさせて金箔をなじませるには漆が最適なんです。」素地にこのような秘められた工程があったとは。驚きと興奮が冷めやらぬまま、次に寺島さんにお連れ頂いたのはいよいよ金が登場する現場だった。

漆の硬さを調整し、機械に通した和紙に塗布する。
漆の硬さを調整し、機械に通した和紙に塗布する。
乾燥させるため室に吊るした漆塗布後の125メートルの和紙
乾燥させるため室に吊るした漆塗布後の125メートルの和紙

箔押し―輝きをまとう和紙

先の工場から車で10分ほどのところに大石さんの自宅兼工房がある。大石さんはここで50年近くも「箔押し」に従事されてきたという。「うちがオーダーする125メートルの和紙ですと、11.5cm四方の金箔を5800枚貼ることになります。」と寺島さん。気の遠くなるような枚数だ。おもむろに大石さんの手が動き始めた。まず接着剤としての漆を薄くすり込んだ後、フワフワと揺れる極薄の金箔を竹ばさみでつまみあげ、迷いなく和紙のうえに置いていく。縦に5枚。補助線がないのに測ったように真っ直ぐに並んでいる。時折、微風やちょっとした揺れで金箔がクシャっとよれることがある。すると大石さんは、手のひらに載せた紙の上でトントンと軽く振動を与えてシワのない平らな状態にもどす。まるで生き物を手なずけるかのようだ。

「単純そうな仕事に見えるかもしれませんが、習得するまでに五年以上はかかります。すぐにシワになってしまう金箔を扱えるようになるまでには根気が要りますよ。」こうした繊細な作業は125メートル分を終えるまで4~5日間続くという。酷暑の時期も無風のなか寡黙に箔押しに勤しむ大石さんの姿を想像しながら、この工房を後にした。

金箔は98%前後が純金。柔らかい純金に強度を持たせるため僅かに純銀と純銅が添加されている。
金箔は98%前後が純金。柔らかい純金に強度を持たせるため僅かに純銀と純銅が添加されている。

撚糸―いよいよ糸の形へ

京都府南部に位置する城陽市は、西に木津川、東に丘陵地があり、常に高湿度であるため漆を扱うには最適の場所だったこと、さらに主な消費地である京都西陣が近いことから、江戸時代後期に金糸製造が盛んになったとされる。漆和紙の製造、箔押し、裁断、撚糸にいたる金糸の一環製造が出来る地域は、今では城陽市をおいてほかにない。次に訪れた撚糸工場も城陽市の産業を支える重要な製造所のひとつだ。

近鉄京都線の富野荘(とのしょう)駅にほど近い太田さんの工場では、極細に裁断した金箔紙を芯糸に巻き付けていく撚り工程を行っている。かつて手作業だった裁断や撚りは、職人の減少のため約10年前よりほとんど機械が担うようになった。しかし機械といえども人が操るには至難の業であるという。これまで見てきたように繊細な技で作られた金箔紙を芯糸にムラなく撚っていかなければならない。「芯糸は様々な素材を使います。細い金糸にしたい場合は絹糸ですし、中くらいはレーヨン、太いものは綿糸を使うことが多いですね。」芯糸の種類によっても撚る速度や強さも変えなければならない。そして金箔紙が撚られ、ようやく金糸の製品として世に送られるまでには、まだ「蒸し」「ひのし(乾燥)」「検査」等の工程が待っているのだ。

和紙面が外側に出ないよう注意を払いながら撚糸の機械を調整する。
和紙面が外側に出ないよう注意を払いながら撚糸の機械を調整する。
本金糸の主な製造工程
(作図:Neki. inc.)

「技の結晶」を未来へ

寺島さんのお店で製品になった金糸を見せてもらった。太さや色味の違う束それぞれに上品で繊細な輝きが満ちている。手に取るとしっとりと柔らかい。それは幾つも地道な工程を経て作り上げられた「技の結晶」だったのだ。「扱いやすさや色味の豊富さを求めて、わざわざ海外からもお客さんがいらっしゃいます。」と寺島さん。ただ国内需要についていえば、きもの産業の落ち込みもあり、減少傾向だという。そこで寺島さんは「金糸は織物や刺繍向け」という常識を打ち破り、新たな商品開発へと乗り出した。「5年ほど前から金糸の束を使ったアクセサリー類を作り始めたんですよ。」見ると金糸の素材がそのまま活かされた現代的なネックレスやブレスレットが品よく輝いていた。

今度あの学芸員が日本に来たら、このアクセサリーを一緒に見に来よう。きっと上品な金糸の美しさに感嘆するに違いない。そして、古くから続く製造の秘密を語って聞かせたいと思う。

漆を塗った和紙は表面が接しないように細心の注意を払いながら室に吊る。
寺島保太良商店がプロデュースするアクセサリー「tabane」。金糸の束がそのまま活かされている。

[取材にご協力いただいた企業、団体(敬称略)]
▼ 寺島保太良商店(てらしまやすたろうしょうてん)
〒603-8246 京都府京都市北区紫野西泉堂町65-2
電話:075-495-7111
http://www.terayasu.com/

(文中に出てくる所属・肩書等は、取材時のものです)
© The Kyoto Costume Institute
(KCI広報誌『服をめぐる』第14号 2019年11月発行より)
  • 京都服飾文化研究財団(KCI)
  • 京都服飾文化研究財団(KCI) 京都服飾文化研究財団(The Kyoto Costume Institure, 略称KCI)は、西欧の服飾やそれにかかわる文献や資料を体系的に収集・保存し、研究・公開する機関です。現在18世紀から現在までの服飾資料を約13,000点、文献資料を約20,000点収蔵。それらを多角的に調査・研究し、その結果を国内外の展覧会や、研究史の発行を通じて公開しています。 https://www.kci.or.jp/

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